卑劣

 舞、心咲みさきむくの三人は、舞と心咲が住む家の二階にある舞の部屋に集まっていた。


「…………」

「うーん……」

「むう……」


 三人は向かい合って、それぞれノートを広げていた。


「……ねえ、舞ちゃん。やっぱり法則なんてないんじゃない?」


 椋が舞を見て、げんなりした様子で言った。


「……いや、あるはずなんだ」


 舞は、ノートから目を離さずに言った。


「今日の分を併せて、これまで穴ができた三ヶ所は、同じ長さの直線で繋ぐ事が出来るんだ。後は直線の引き方さえわかれば……」

「思い違いじゃないの?」


 椋はどこかなげやりに言った。


「うん、私も最初はそう思ったんだ。でも、穴ができた場所の事を色々調べてみたら、一致するのはこれしかなかったんだ」


 舞は首を振りながら言った。


「じゃあ、あの三沢とかいう人が適当にやってるとか」

「適当でこんな一致あるだなんて、相当確率低いと思うよ。……心咲、眠いのはわかるけど寝ないで」


 舞はそう言うと、うとうとしている心咲の体を揺さぶった。


「うん……」


 心咲は眠そうに目を擦ると、自分のノートを見た。


「……三角形の真ん中とか……」


 心咲が眠そうに言った。


「確かに三角形になるように線を引くと正三角形になるんだけど、ネットとか地図とかで調べたら、ここ、丁度車しか通れないトンネルになっ、て……」


 舞は言いかけて、目を見開いた。


「しまった、見落としてた……」

「……んー? どしたの、舞ちゃん?」


 寝ぼけ眼になっている心咲が、愕然としている舞を見て言った。

 舞はそれに答えずに立ち上がった。


「ごめん心咲、今日帰り遅くなるかも。椋、悪いけど適当な時間になったら帰ってね」

「ちょっ、ちょっと、いきなりどうしたの!?」


 椋が困惑しながら言った。


「よく考えたら、徒歩とか車とか関係ないんだ。あの触手、穴さえあれば屋内にも出たから」

「えっと、つまり?」

「二回目の時、穴は『アニバーサリー』の吹き抜けにできたから、屋外屋内関係ないんだよ! 早合点ならそれに越した事はないけど、嫌な予感がするから行ってくる! ……あ、心咲お願い」


 舞はそう言うと、椋が何か言う前に部屋から出ていった。


「あ、うん……」


 椋は遅れて返事をしたが、それは舞が出ていった後の事だった。



 司令室の電話が鳴り、ミリヤはすぐに受話器を取った。


「はい司令室」

『司令、お電話です。ネクストからと仰っているのですが……』


 受話器から、女性の声が聞こえた。


「……? とりあえず、繋げて」

『わかりました』


 それからすぐに、電話の話し相手が切り替わった。


『もしもし? ミリヤさんですか? ま……ネクストです。公衆電話からかけています』

「貴女……、ここに電話するってどういうつもりなの?」

『すみません、緊急の用件なんです。ここ最近の触手についての』

「……続けて」

『はい。……これまで穴と触手が出現した三ヶ所を、線で繋いでみると、正三角形になったんです。その中心は、車両専用のトンネルがあります。二件目の出現時の事を考慮すると、あの穴と触手は、屋内、屋外関係なく出現出来る可能性があります』

「……それは、貴女の思い違いという可能性は?」

『それが一番なんですけど……。念のため、です』

「…………わかった。一応、分析班にそれを考慮して分析を進めるように伝えておくわ」

『ありがとうございます。それじゃあ、トンネルに行ってきます』

「あ、ちょっと――」


 ミリヤが引き止める前に、舞は電話を切った。


「…………はあ」


 ミリヤは溜め息をつくと、分析班に連絡を入れ始めた。



「…………」


 舞がトンネルの近くに辿り着く頃には、夕暮れ時になり、世界が燃えるような色に染まっていた。

 トンネルの前は、渋滞になっていた。


「……思い過ごしならいいんだけど……」


 舞がそう言って、シャツの胸元から『エボルペンダント』を取り出した、その時だった。

 トンネルの中から、車のエンジン音に混じった悲鳴が聞こえてきた。


「っ!」


 舞は血相を変えると、トンネルの中に駆け込んだ。

 トンネルの中は薄暗かったが、その中心に窪むように出現した黒紫色の穴と、そこから伸びる五本の触手は、はっきりと視認出来た。


「やっぱりか……!」


 舞は呻くように言うと、穴に向かって走り出した。


「変身!」


 舞が叫ぶように言うと、その体が桃色と白のオーラに包まれ、同時に衝撃波が発生し、何台もの車の窓ガラスにひび割れを作った。


――Intellect and Wild!――


 奇妙な低い音声がトンネル内に反響し、舞を包み込んでいたオーラが消失する。オーラの中から現れた舞は、紅い髪に真っ赤な瞳、やや丈の短い赤いワンピースを着て黒いズボンを履き、刃が付いた装甲のような長手袋を身に付け、刃が付いた黒いブーツを穿いていた。

 舞は跳び上がると、女性を穴に引きずり込もうとしていた触手を右腕の刃で切断した。


「早く逃げて!」


 舞は振り向いて女性に言った。女性が逃げ出すのを見てから、


「しまっ!?」


 振り向こうとして、左足首を触手に掴まれた。

 次の瞬間、抵抗する間もなく、舞は穴の中に引きずり込まれた。



「――っと……」


 空中に投げ出された舞は、素早く体勢を立て直して着地した。


「ここは……」


 舞はそう言いながら、周囲を見渡す。

 舞が投げ出されたのは海の側の岩場だった。空は不気味な厚い雲に覆い隠され、海の色までも暗い灰色に変えていた。周囲に屹立する岩は、何故か大量に穴が開いていた。


『『嘆きの海』、お前の墓場だ』


 舞が声が聞こえた方向を見ると、そこには三沢が変身した死神が立っていた。


「三沢……」

『お前なら辿り着けると思ってな。……簡単だったか?』

「悪趣味、とだけ言っておく」


 舞の答えを聞いて、死神は吹き出した。


『ハッハハハ……。否定はしねぇよ』


 死神は仮面を歪めた。不気味に笑っているように見えた。


『で、だ。……お前を殺して、俺は最強の力を手に入れる』


 死神がそう言うと、海から何かが上がってきた。

 赤黒いそれは、全身がぬらぬらとした粘液で覆われ、首や背中から、両腕も含めて八本の触手を生やしていた。目に嵌め込まれた瞳は、真一文字を描いていた。


『やれ』


 死神が顎をしゃくると、怪人――タコビーストが舞に向かって素早く触手を伸ばした。

 触手は、舞の首と両腕に巻き付き、猛烈に締め上げはじめた。


「ぐっ、あ……、かっ……」


 舞は呻きながら、両腕に力を込めた。両腕の刃が、黄金色に光輝く。


「っ――」


 舞は右手首を捻って触手を掴むと、腕を振って触手を刃で切り裂いた。


「らっ! ああっ!」


 舞は首に巻き付いた触手を切り落とし、左腕に巻き付いた触手も切り落とした。

 舞はタコビーストに駆け寄ると、右腕を振ってタコビーストの首を切りつけたのだが、


「っ!?」


 舞の腕は、タコビーストの首の皮を切り裂けなかった。

 タコビーストの四本の触手が舞の両手首と両足首に巻き付いて捕らえ、持ち上げ、地面に叩きつけた。


「がっ!」


 タコビーストは再び舞を持ち上げると、地面に叩きつけた。


「げほっ!」


 タコビーストは三度舞を持ち上げると、地面に叩きつけた。


「がはっ……」


 舞が呻いたのを見て、タコビーストは触手を離した。


「っ、はっ!」


 舞はその隙を突いて立ち上がり、右手で左手首に触れ、右手を突き出した。


――Particle feather!――


 同時に奇妙な低い音声が鳴り、右手から小型の光刃が放たれた。

 光刃はタコビーストの触手の一本を根元から切り落としたが、触手は即座に再生した。


「マズイ……攻撃が効かない……」


 舞が呻くように言った。

 タコビーストの触手と共に、死神が歩き出した。

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