第十四話 奮闘

悪夢

 夜の市ヶ目いちがめ市内郊外。

 山の中にあるアスファルトで舗装された道を、一台の乗用車が走っていた。

 乗用車には四人家族が乗っていて、運転席に父親、助手席に母親、後部座席に十歳の少年と八歳の妹が乗っていた。

 

「……静かだけど、二人はどうしてる?」


 父親が母親に聞いた。


「二人共眠ってる。ずっとはしゃいでたからだね」


 母親は後部座席を見て言った。少年と少女の寝顔を見て、そっと微笑んだ。


「まあ、あと十分位で着くから、すぐ起こさなきゃだけど……!?」


 父親はそう言いかけて、慌ててブレーキを踏んだ。急ブレーキがかけられ、父親と母親がつんのめる。


「ちょっと、何よ……!?」


 母親が言いかけて、視界の端に映ったものを見て言葉を失った。

 母親が恐る恐る正面を向くと、


「ひっ!?」


 車の前方三メートル程の場所に、鼠の皮を剥ぎ、歯と爪を肥大化させ、人間大にしたような怪物――ネズミビーストが立っていた。


「ヤバっ……!」


 父親はそう言って、車を下がらせようとしたが、それよりも早くネズミビーストが車に飛びかかり、フロントガラスを叩き割った。

 二人の悲鳴が山の中に響いたが、それを聞いた者はいなかった。




「――きて、起きて!」


 妹の声が聞こえ、少年は目を覚ました。


「……あれ、ここは……?」


 少年が周囲を見渡すと、そこは、四方を木の壁で囲った寝室だった。


「べっそうみたいなんだけど……、何だかへんなの」


 妹は、少年を見て、不安そうに言った。


「変って、どんな風に?」

「えっとね、くらいのと、後……」


 妹が言いかけた、その時だった。


ガリ、ガリガリガリガリ……ガリガリ……。


 何かが削れるような音が聞こえてきた。


「何の音……?」

「わかんない……。でもこわいの……。おねがい、下についてきて?」


 少年は少し考えて、


「わかった。下に降りてみよう」


 頷いて言った。



 寝室の外に出て、階段に向かい、階下に降りていくにつれて、何かが削れるような音は大きくなっていった。

 別荘は、階段とリビングが繋がっている造りになっていて、二人は、少年を先頭にしてリビングに降りた。

 何かが削れるような音は、キッチンから聞こえていた。


「…………?」


 少年は気味悪そうな表情になりながら、キッチンを覗いた。

 キッチンには、父親と母親の姿があった。少年に背を向けて、一心不乱に何かを行っていた。


「お父さん、お母さん……?」


 少年が呼びかけると、父親と母親は振り返り、優しく微笑んだ。


「ああ、起きたのか。丁度良かった、起こしに行こうと思っていたんだ」


 父親が立ち上がりながら言った。


「カレーはできているから、食事にしましょうか」


 母親も立ち上がりながら言った。


「う、うん……。あ、あのさ、何やってたの?」


 少年が父親と母親に言った。


「ああ、ちょっと薪が足りなくなりそうだったから、枝を拾ってきて、それを折ってたんだよ。ほら、暖炉に入りそうにないのもあったからさ」


 父親が軽く肩をすくめて言った。


「そ、そうなんだ……」


 少年はそう言うと、妹を連れてテーブルの方に歩いていった。



「た、確かに何だか暗いような……?」


 少年が周囲を見渡して言っていると、


「はい、カレーよー」


 母親がそう言って、皿をテーブルに運んできた。


「…………えっ?」


 皿には、薪に使う丸太が乗せられていた。


「お母さん、これまきだよ……?」


 妹が恐る恐る言った。


「何言ってるのよ、早く食べなさいな」


 母親はぴしゃりと言い放った。


「いや、でも、これ」

「食べなさい」


 少年が何か言おうとしたのを、父親の言葉が覆い被さるようにしてかき消した。


「でも、これ丸太じゃないか!」


 少年が立ち上がり、必死に抗議したが、


「食べなさい!」


 母親は、無理矢理椅子に座らせようとしながら怒鳴った。


「お母さん、やめて!」


 妹が母親を引き剥がそうとしたが、


「食べるんだ!」


 父親が、妹を押さえ付けようと回り込んだ。


「お父さん! お母さん! どうしちゃったんだよ!?」


 少年が叫んだが、父親と母親は聞く耳を持たなかった。

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