竜の卵

美作為朝

英雄。

 今では、存在そのものが当たり前になりその数、存在がいくさそのものの大勢を決すると言われる竜騎士、ドラグーンだが、その存在のもともとの言われは諸説あり定かではない。

 しかし、私がグランドス大陸の西岸を約6年をかけて歩き、調べ上げ、獣も鳥も寄り付かぬ厳海湾げんかいわんで拾い得た、伝説を今日この場で開陳したい。


 ときは、クマラートス<天秤王てんびんおう>(なにごとも公平に裁いたせいと言われこのいみなを名前の神から頂いたとされる)の御世のその数代前になると思われる。万世歴ばんせいれきでは、おそらく前1044年あたりではないかと思われるがこれもさだかではない。

 なにせ、文献資料はなく、大波により大飛沫が飛び散り相当波で激しく洗われた、岩に刻まれた、古代ランリック文字を証拠に語る怪しげな老人がこの話の大元なのだから。

 私も、その古代ランリック文字が刻まれている岸壁にある岩をそれこそ、躰に縄を結え身を岸壁より三刻半さんこくはん波しぶきでびしょびしょになり吊るしてもらいながら、確かめたが、実は年代が記された数字の部分しか確認できなかったことをここに記したい。

 その岩に刻みこまれた数字は、しっかと、3028と記してあり、高等院こうとういんで現在も教えられているとおりの年代を当てはめると、前1044年の出来事となる。

 これだけは、自信をもって言える。

 この岸壁そのものも、巨人族タイタンズが数十人がかりで平たい海底の岩棚だったものを縦に起こし垂直にしたと近くには伝説としてつたわるそうでその厳海湾の領民たちが巨人族タイタンズについて言及していたこともここに記したい。

 巨人族タイタンズに関して現存する最古の年代記と照合しても、この時期、年代が正確なことは、予断や疑問を挟む余地が一切ない。


 その厳海湾に住む老人の名は、ヘルム・ブレイダス、またの名を<ヘルム・ザ・バイト噛みつき・ヘルム>といい、御年おんとし92歳である。正確には、"噛みついていた"と過去形にするべきだろうが、まだ生きているのでヘルム・ザ・バイトとしたい。

 幼いころ、ビラルーク戦役の蛮族アマリア族の竜騎士による空襲をこの厳海湾げんかいわんで受けており、その後、三男だったため、漁用の漁船は貰えそうになかったため、成人をまたず、戦礼せんれいを自身で勝手に受ける"自礼じれい"を行い旗士きしに、エラルト戦役には、ここら一体を所領とするロード・デレイ、当時の家督はエランド・デレイまたの名、<エリー・ザ・スタンド立ち続けるエリー>の旗手として参戦し、異教徒にしてなおかついやしく愚か極まりない夷狄いてきアマナック人の首級を五つあげたらしい。その首級のうち、三つは女で、一つは子供だ。 

 さぞ立派な旗士殿である。

 その後は、自由旗士として、各地の戦役を転戦。つまり傭兵となったらしい。欲しいものは、大体奪い手に入れられたと豪語しており、相当の暴れものだったらしい。

 中年になり若いころのように躰の自由が効かなくなると、故郷、厳海湾に恩賞と略奪品とわずかばかりの名誉と勇猛とそれよりかなり多くの虚偽とともに帰還し、妻を娶り二男一女を設けたと話す。

自由旗士をしていた時代の話は、妻女や子息には一切していないというより出来ないということである。

 この老人が、話してくれたことを、ここに記したい。

 これが、竜騎士ドラグーンの始まり、いや、ドラゴンそのものを人が扱えるようになった言われだと思って差し障りないと私は思う。



 

 その男は、当然のごとく、グランドス大陸の西部、"悲餓死ひがし"の<泣き叫ぶ岩面の原>を瀕死の有様で抜けて、厳海湾に現れた。

(ちなみに私は、厳海湾を訪れたときは、時間はかかったが、この広大な岩礁地帯を大きく南に迂回した)

 まず最初にこの男がこの集落の外れで倒れているのを地元の子供がかくれんぼをしている最中に見つけた、あまりに臭く、汚いので、大裸犬おおはだかいぬの死骸だと思い、棒で年長の友人とともにこの死骸をひっくりかえしたところ、大裸犬おおはだかいぬにして口が裂けておらず小さな口で、自分たちと目と鼻の数が同じだったので人間だとわかったという。

 それと、言葉らしきものをこの大裸犬おおはだかいぬの死骸は喋った。

「うーのあまご」と。

 この男、容貌は、古グレイン征服族に近かった。

 高い上背にピンクの肌に緑の目、髪は金色の黄金色だったらしいが、それは、手当てをしながら身の回りを整えてやって始めてわかったことだ。

 男は、恐ろしく日焼けをし飢え乾き痩せ細り歯もかなり失っていた。

 男は、片言の共通語しか最初話せなかったが、たった三週間の滞在ですぐに言葉に不自由しなくなった。

 暴れたり、声を荒げたりすることもなく、大変穏やかで、施された手当てに見合うだけの労働もいとわなかったのであっという間に、この厳海湾に馴染んだ。

 この男の名は、ドラグ。我らがよく知る、英雄ドラグである。住民が幾度尋ねても、ドラグとしか答えなかった。

 ドラグは、もちろん、目的を持ってこの厳海湾にやってきていた。


 そう、「うーのあまご」竜の卵を得るために。

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