第6話 公開への長い道

 プログラムの完成度はまだ十分とは言えなかったが、そろそろ公開する方法を考える時期になった。

いろいろと考えては見た物の、すぐに素晴らしいデビューが出来る方法はありそうになかった。

ひとまず考えられる公開の方法は


1.フリーソフトとして公開する

2.シェアウェアとして公開する

3.同人ソフトとしてインターネットで販売する


などの道があると思った。

フリーソフトの場合は未完成のソフトでもひとまず登録して、少しずつバージョンアップができるので作業は気分的に随分と楽になる。

いつ完成するか判らないソフトを作るという精神的な不安からは逃れることができるので魅力があった。

しかしフリーソフトとして公開しても毎月大量のフリーのゲームが公開されているのでそれほど目立ったデビューはできそうにない。

またシェアウェアとして金を払うようなソフトでもない。

同人ソフトにしたところで、ほとんど誰にも知られることはないだろう。

私は一度で有名になれるデビューの仕方が欲しかった。

そのためには投稿ソフトとして雑誌に掲載してもらうか、ゲームコンテストに応募するのが一番いいと思った。

だがそんなに都合良く載せてもらえる雑誌があるかも判らなかったし、ゲームコンテストも小説自動生成ソフトを応募できるコンテストがあるかどうかは判らなかった。

本屋にいってゲーム関係の雑誌を立ち読みすると、アスキーのエンターテイメントソフトウエアコンテスト(通称Aコン)が目に付いた。

賞金は一千万というのはかなり魅力的だ。

インターネットで過去の入選作を調べてみると、小説自動生成ソフトというのは無かった。

もしかして過去に応募した例があるかもしれないと思ったが、入選していなければ別に構わない。

私は第4回のAコンに応募する予定で作業を続けた。

しかし不意に急ぎの仕事が入ってしまいなかなか仕事の空き時間がつくれなくて、応募期限までには納得のいく仕上がりには出来なかった。

未完成のまま応募したところで入賞できる見込みはないだろう。

私は仕方なくあきらめて第5回のAコンに応募することにした。

第4回のAコンの発表のあと私は第5回の募集要綱の発表を待った。

しかしなんということだろうか、Aコンがなくなってしまったのだ。

そかわりに始まるのがエンターブレインゲームコンテストで、いきなり第5回から始まるという。

しかもいつ始まるか分からない。

私は毎日エンターブレインのゲームコンテストのホームページをアクセスした。

しかしエンターブレインゲームコンテストの告知はいつまで待ってもなかった。

応募要綱がホームページで公開されたのはようやく2000年の11月になってからだった。

しかしコンテストが遅れたのは私にとっては幸運だったのかもしれない。

都合よく時間を作ることが出来て私はシナリオの追加を繰り返し行い、最初の予定よりはかなり完成度を高めることができた。

それでも自分の納得できる完成度の3割程度だろうか。

直そうとは思っても手つかずでのままにやり残したシナリオも多かった。

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