沈黙

「監督ちょっと良いですか?」


試合後、ロッカールームを出たところで森国に声を掛けてきたのは坂之上だった。


「ああ、どうした?」


明るい森国の表情とは対照的に、坂之上の表情は冴えなかった。


森国は球場の出口まで一緒に歩くと、そこから少し離れた場所で坂之上の話を聞くことにした。


「監督、実はですね、最近ちょっと体調が優れないんです」


森国は首をひねる。


「何だ?何が言いたい?」


「まあ、聞いてください。ここ数試合、あの、なんだ、分かりやすく言うと、指の感覚が変だったんです」


「指?」


「ええ。そして、今日の試合前に相沢から病院へ行くよう勧められましてね」


「ああ、その話は聞いていたが。相沢からは『大したことはなさそうだ』と報告は受けていたが。どこか悪かったのか?」


坂之上はゆっくりと首を縦に振る。


「まだ、これから精密検査をしなければならないようでして。一週間後にもう一度病院に来てくれと」


ここまで聞いて、森国はようやく事態の深刻さに気付くことになった。坂之上は明るく振舞っていたが、身体のどこかに異常が見つかったのは間違いなかった。


「ど、どこが悪いんだ?」


「それが…」


坂之上は人差し指を上げ、自身の頭を示す。


「脳に、腫瘍の疑いが、あるそうです」


森国は言葉が出なかった。

最早、チームの状況云々の話は何処かに行ってしまっていた。

それよりも、坂之上という一人の人間の身を案じ、信じられないような気持ちになっていた。


「か、監督、そんなに動揺しないでください。まだ精密検査をしてみなければ分かりませんから。それよりも、他の選手たちに動揺を与えたくないんです。監督には伝えましたが、検査の結果が出るまでは誰にも言うつもりはありませんし、監督も言わないでおいてもらえますか?」


森国はまだ言葉が出てこなかった。そのため、頷くことしか出来なかった。


「よろしくお願いします」


そう言って頭を下げ、坂之上はその場を去っていく。


その姿を森国は未だに呆然としたまま、ただ見送ることしか出来なかった。

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