苦手意識

ここでもう一度、開幕戦のレッドスターズのオーダーを確認すると


一番 レフト 鮫島

二番 セカンド 三反崎

三番 サード 真木

四番 ライト フランケル

五番 ファースト 栃谷

六番 ショート 隅田

七番 キャッチャー 辻

八番 ピッチャー 相沢

九番 センター 石川


となる。


記者席にいた東洋スポーツの吉村は、すでにパソコンを立ち上げ、この日の原稿を書き始めていた。


「それにしても、開幕投手がドラフト8位で、しかも一回で降板するなんて、前代未聞だよな」


吉村に話しかけてきたのは、スポーツ朝日で同期の桑原だった。


「まあ、パフォーマンス的な意味合いが強いんじゃないか?」


吉村は、事前取材で相沢を開幕投手に持ってきた意図をある程度掴んでいる。だが、それを桑原に悟られないように、開いていたパソコンをそっと閉じながら、そう当たり障りのない返事をした。


「相沢のデータとかあるのか?」


やはり探りが入ってきたが、「今、本社の人間が必死で調べてるよ、きっと」と、その質問を自然にかわした。


スポーツ朝日は、東洋スポーツと人気を二分しているスポーツ紙で、お互いに抜いた、抜かれたの牽制は日常茶飯事だ。

ただ、今回ばかりは吉村自身、大きな確証を持っていた。「間違いなく、ここまで相沢に迫っているのは俺だけだ」と。


そして、一回の投球は圧巻だった。


誰も、あの投球の凄さには気付いていないだろう。





そう、あまりにも優れすぎている技術は、その違和感の少なさに、時として、一連の物事の中に溶け込んでしまう。





相沢の投球は、それだけ自然に見えながらも、とんでもない技術をその裏側から見せつけているのだ。



吉村は、桑原が自分の机に戻ったのを確認して、再び、原稿を書き始めた。

そして、掴んでいた相沢の投球術についての考察を、パソコンの画面の奥に、一行、また一行と落とし込んでいった。


ーーーーーーーーーー


グラウンドでは相沢に変わったエースの坂之上がマウンドへと向かう。



坂之上が迎えたシーズン一人目の打者は、ダイヤモンズの四番羽柴である。


昨シーズンの本塁打王で、その数は51本。特に各球団のエースに対する思い入れが強く、好投手であればあるほど打つという、選手である。



昨年、坂之上はこの羽柴に4本塁打を浴びている。そう、安定して勝ち星を積み重ねてきた坂之上にとっても、苦手意識がある打者の一人なのだ。



ただ、今回の当番はこれまでのものとは違う。

「今日は特別なんだ」

坂之上は自分にもう一度、言い聞かせる。

監督からはっきりと告げられていた奇襲作戦。奇襲だからこそ、全力で対戦できるのだと。



坂之上は息を整えると、大きく振りかぶる。バッターボックスでゆったりと構える羽柴。坂之上は下半身から伝わった力を右腕に余すところなく伝え、ボールをリリースする指先に全神経を集中させた。


ボールは光のような速さで進み、羽柴がスイングしたバットに当たることなく、轟音のような音を立てて、キャッチャーミットへと収まった。

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