先頭打者

監督同士の握手と花束贈呈が終わり、とうとう試合開始の時刻を迎えた。



マウンド上に赤いユニフォームを着た相沢がゆっくりと歩いていく。


「守ります、中国レッドスターズのピッチャーは、相沢」


驚くほどの歓声がドーム内を包み、観客の視線はピッチャープレートに向かって集まっていた。



それに続いてレッドスターズの選手たちは次々とグラウンド上に散らばり、各自の守備位置についた。


相沢の投球練習が始まる。



「ふう」と一つ息を吐いた相沢は、プレートに足を掛けて右上手投げでボールを投げ込む。


そのボールはまるでスローボールのように、山なりの軌道を描いてキャッチャーミットに収まる。


レッドスターズのファン達から、一斉に不安の声が上がる。


「おい!大丈夫なのか!」

「そんなボールで抑えられんのかよ!」


ファン達の苛立ちも不思議ではない。これまでの成績からすれば、とっくにファンが離れていってもおかしくない状況だった。


その、スタンドからのファンの声はしっかりと相沢の耳にも届いていた。



相沢は残りの投球練習も全て右上手の山なりのボールで行い、その間中、スタンドからはブーイングにも似た声が湧いて出ていた。





「プレイボール!」

主審の掛け声で試合がようやくスタートした。

ダイヤモンズのバッターボックスには一番の織田。俊足とミート力で成績を残してきた選手。前年は打率3割2分5厘と高打率を誇り、盗塁は45とこちらも個人タイトルを手にしている。




注目すべき一球。




相沢はノーワインドアップから両腕と、それに伴って左脚を高く上げた後、今度は身体を小さく折りたたんで、地面ギリギリの所からボールを離す。ボールは相沢の指から綺麗な回転を描いてキャッチャーミットへと吸い込まれた。球速は恐らく130キロ前後だが、ボールの回転と浮き上がるような軌道によって、体感速度はもっと速いだろうと思われた。



相沢の投球フォームは栃谷との勝負で見せたような、美しいフォームのアンダースローである。


織田は球筋を見極めようとしたのか、そのボールには反応せず、審判はストライクと宣告した。


それまで疑問を抱いていたレッドスターズのファン達も、それまで上手投げだと思っていた相沢のフォームに少し面食らったようで、暫くの沈黙の後、ようやく歓声が上がった。




問題は二球目。



相沢は辻のサインに首を振ることなく、すぐさまモーションに入る。


次も滑らかなフォームで、先ほどと同じコースを目掛けてボールを投げ込んだ。


相沢のフォームに一球目との違いは見られない。ボールはど真ん中に入ってきた。


「幾ら何でも、舐めすぎだ、コラ!」


そう、心中で息巻いた織田。

最短距離で振り下ろされたバットは確実にボールを真芯で捉えた。




はずだった。




だが、打球はフラフラとライト方向に上がっている。


織田を襲ったのはパニックだった。



「同じコースのボールを、一球目と同じタイミングで打った。ボールも速いわけではない。だが、何故、ボールを捉えられていないのか」



そのボールはあえなくライトのフランケルが捕球し、ワンナウトとなった。



「とりあえず、一人目は乗り切った」



相沢はそう、自分に言い聞かせながら、二番打者を待ち構えていた。

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