ベール

球場内のブルペンで投球練習をしていた相沢は心地よい緊張感に包まれていた。



調子は、悪くない。


むしろ、リリースの感触は抜群に良く、ボールへの回転も申し分ない伝わり方だった。


隣では、坂之上が同じく投げ込みを行なっていたが、こちらもしなやかな腕の振りから放たれたボールが、轟音とともにミットに収まっていた。



坂之上も万全なのは間違いない。



これで森国の考えている「奇襲」の成功率は格段に上がる。



相沢は投球練習を終えてベンチへと向かった。


「相沢、どうだ?」


森国に問われ「大丈夫です」とだけ答える。


「そうか、頼んだぞ」


森国も短くそう伝える。


言葉が多くなくとも、森国の期待は理解していた。



試合がもう間も無く始まる。


胸の鼓動が少しずつ、少しずつ高鳴っていくのが分かる。


野球で、ここまでの晴れ舞台は相沢にとって間違いなく初めてのスケールである。


草野球のエースが、もうすぐプロ野球チームの「1イニングのエース」としてマウンドに立とうとしていた。




ーーーーー



「おいおい、森国監督は正気か?」


広島ドームの記者席で、そんな声がどことなく上がった。


それはもちろん相沢の先発起用についてである、


「おい!誰か、この相沢について情報を持ってないか!」と電話に向かって叫んでいる記者もいるほど、相沢の存在はベールに包まれていた。



そんな中で、ただ一人、微塵も動揺していない記者がいた。東洋スポーツの中堅記者、吉村である。


何故なら、吉村は事前の度重なる取材で相沢に一番近づいた人物であり、相沢の情報についても極秘で収集していたからだった。



その吉村はある相沢の秘密を掴んでいた。それはもう暫くで明らかになる。



「さあ、相沢君、見せてもらおうか。その力がプロに通用するのかどうかを」


ニヤリと笑った吉村の視線は、ようやくマウンドに登った相沢に注がれていた。

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