ノック
「また、急ですね」
突然、二軍のグラウンドに現れた森国に対し、二軍監督の村瀬はそう反応した。
森国は昔から思い立ったらすぐに行動する傾向があり、村瀬もその人間性を分かっているからこそ、半分皮肉交じりでそう伝えたのだった。
ただ、当の森国本人はそんな事など露ほども気にせず、グラウンドに散らばっている選手たちに視線を向けていた。
「真木はどうだ?」
「どうだっていうのは?」
「一軍では使えそうか?」
「まあ、大分慣れて来ましたから。あとは代打とか、守備要員で場数を増やせば、そこそこやれるんじゃないですかね」
「そうか、本当ならレギュラーとして使いたいんだが…」
「レギュラーですか、うーん、今の段階ではまだ厳しいですね」
村瀬の返答は、森国の待ち望んでいた答えではなかった。
「まだ、厳しい…か」
ただ、森国から見ても、村瀬の指摘は正しいと思えた。
練習に目を通しても、まだ、打撃や守備に詰めの甘さのようなものが感じられる。
上手く表現ができないものの、プロとアマチュアの狭間で、まだ苦しみもがいているかのよう、と言えば良いだろうか。
そうなると、ショートの穴はまたもやポッカリと空いてしまう。
「監督も来ていたんですか」
背後から突然、聞こえた声に、森国は心臓が飛び出そうなほど驚いた。
後ろを振り向くと、相沢と栃谷、鮫島が並んでいた。
「どうしたんだ、お前ら?」
森国からもっともな疑問を投げかけられ、栃谷が説明をする。
「あ、僕たちはちょっと同期の様子を見に来たんですよ」
「同期って、誰だ?」
栃谷と鮫島は確かに同期だったはずだが、その世代で他に誰がいただろうか。
「あ、石川君です。これまで一軍に上がったことは無いんですけど、森国さんは知ってますか?」
「うーん、名前を聞いたことはあると思うんだが、顔は思い出せない」
「あ、ほら、あそこにいる選手ですよ」
外野で打撃練習のボールを追いかけていく一人の選手を、栃谷は指差した。
身体はプロ選手にしては小柄で、少し筋力が物足りなさそうにも見える。
「ああ、あの選手か。そう言われれば見たことがあるような…、ないような…」
森国がそのような反応をしてしまうように、陰が薄いといってしまえば、その言葉はピタリと当てはまりそうだった。
大人しそうで、表情も浮き沈みがない。
「石川君、本当はいい選手だと思うんですけどね。監督、一軍に上げてあげてくださいよ」
鮫島の願いは一蹴される。
「いや、どう見ても、体力も筋力もなさそうだし、いい選手には見えないんだが。まあ、もうちょっと鍛えれば考えてもいいがな」
ふぅっと溜息を吐いたのは相沢だった。
「栃谷君、ちょっと石川君をここへ呼んで来てくれない?」
突然の指示。栃谷は「どうしたの?」と驚くが、相沢は、それには答えず「いいから早く」と栃谷を急かした。
栃谷が石川を連れて、グラウンド脇の森国の前に戻って来た。
「監督、今、確か、うちのチームって野手不足ですよね?」
訝しげな表情の森国。
「う、ああ、まあな」
「監督、一度石川君にノックをしてあげてくれませんか?」
「まあ、構わんが。それが何かあるのか?」
「やってみればわかりますよ」
妙に自信たっぷりの相沢の言に従って、森国は急遽、石川に向けてノックを行うことになったのだった。
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