悪い冗談

相沢は自宅のパソコンの前に座り、インターネットのライブ中継でドラフトな会議を見守っていた。仕事は休みを取った。もし、万が一、神様が気まぐれを起こした場合、きっと仕事どころではないと思ったからだ。だか、その気まぐれは実際に起きた。


「本当に…指名された」


相沢にとって、プロ野球という世界は憧れですらなかった。それは早々と自分の才能の無さを悟ったからだ。それが、今、この年齢でありながら、その世界に足を掛けた状況になっている。しかも恐らく二十八歳での指名と言うのは、近年では聞いた記憶がない。

そして、自分には一五〇キロを超える直球などない。ごく普通の草野球の投手だ。


野球との出会いは小学一年生の時だった。ただ、それはリアルな野球ではなく、漫画の世界だった。


高校野球を舞台に、一つのチームに集まった個性的な選手たちが持ち味を生かしながら甲子園を勝ち進んでいく。その姿に憧れたのは確かだ。

相沢は決して裕福な家庭ではなかった。それでも父は、相沢の願いを聞き入れて、グローブとボールを買ってくれた。


その日から、相沢にとっては壁が練習相手になった。


寂しさは無かった。ただ、その漫画の主人公であるエースの様に、ボールを投げる事だけで、純粋に楽しかった。来る日も来る日もそのエースのフォームを真似て、ボールを投げ込み続けた。


それから二十年余り。突然訪れたプロ野球への切符。

相沢にとってはどうしても現実の様には思えなかった。


「ははっ、いや、悪い冗談だ。夢だよ、こんなの」


携帯電話が鳴る。相沢は慌ててそれに飛びついた。


「もしもし」

「相沢さん、指名させて頂きました」

それで、ようやく実感する。この声には聞き覚えがある。

「森国監督ですか?」

「ええ。ただね、あなたはどう思っていたかは分かりませんが、私は貴方を必ず指名するつもりでした」

「私には分からないのですが、自分のどこを評価して頂いたのでしょう。速い球が投げられるわけでもなく、これまでに活躍してきたわけでもない」

戸惑う相沢に、森国はきっぱりと言い切る。

「貴方はね、気付いていないだけなんです。これまでの結果なんてどうでも良い。ただ、来シーズンの一年だけ、私を信じてうちでやってくれませんか?」

単年契約になる事は事前に聞いていた。もちろん、たった一年間だけでもチームの力になれるのであれば、拒否する理由は無い。

相沢にとって中国レッドスターズは幼い頃から憧れの球団だからだ。チームの中でプレーできるだけでもありがたい話なのだから。


相沢は電話越しに頭を下げながら森国に感謝した。

「本当に、ありがとうございます。自分に出来ることは何でもやりますから」

森国は「こちらこそありがとうございます」と返答し、続けて相沢に告げる。

「貴方には来シーズン、1イニングのみのエースとして、マウンドに立っていただきますから」


それを聞いて腰を抜かしてしまった。

相沢はやはり、悪い冗談だと思ったが、森国は一切、笑うことなく、来シーズンの構想をゆっくりと、相沢に話し始めていた。

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