11. オオカミ少年
「えっ!?」
今なんつった?
ウソとか聞こえたような気が……。
それってオレが、一番知りたかった話じゃねぇかっ。
ひょっとして、白菊のいってた贖うべき人って、宇佐美なのか?
それとも、オレが知らなかっただけで、クラスにそんな噂が流れてたとか?
だとしたら、すげぇショックだけど。
オレの動揺など気付きもせず、彼女はさらに言葉を重ねる。
「ウソつきなのよ、桜田は。わたしとの約束、果たさないまま死んじゃって」
「えっ、約束っ?」
オレたち、なんか約束してたっけ?
マジで覚えねぇけど。
「それって、どんな約束ですか?」
「大したことじゃないわ。ただ――」
「うーさみっ。今日も来てたんだ」
いきなり大きな声がして、宇佐美の台詞は遮られた。
ヘラヘラ笑いながら階段を上ってくるのは、藍と白の横縞のTシャツに、濃紺のジャケットを羽織り、同色のパンツを穿いたメガネ男子。
「あれっ? 君は昨日の、ナツキチの友達」
クソ義日めぇ、あと少しだったのにっ。
そう怒鳴りたいのを必死に
「暇ね、大川も」
「妹を迎えに来たんだよ。部活で遅くなるっていってたから」
そういや、なっちゃんも、そんなこといってたっけ。
校内と市の発表会に向けて、準備してるとか。
ちなみに彼女は演劇部で、オレも誘われたが、丁重にお断りさせて
「そう。妹思いの優しいお兄さんね。それじゃ、わたしはもう帰るから」
「えっ? 外暗くなってきたし、一人じゃ危ないぞ」
「まだ六時過ぎたばっかだし、彼女と一緒だから一人じゃないわ」
「「えっ?」」
オレと義日の声が重なった。
そんなの初耳だぞ。
だが、宇佐美はさっさと階段を下りていってしまう。
「じゃあね、大川」
オレは仕方なく、義日にお辞儀し、彼女の後を追いかけた。
「ありがとう、助かったわ」
昇降口から出るなり、ホッとしたように宇佐美がいった。
義日といるときより、口調も表情も柔らかい気がする。
「いえ。あの、よ……大川さんとは、本当はどういう関係なんですか?」
「友達よ。彼がそれでいいっていったから。そうね。あなたには、特別に教えてあげるわ。女の子同士の秘密よ」
いや、オレ、女の子じゃねぇんだけど。
とかいっても、信じて貰えっこねぇから、黙って頷く。
「高一のとき、告白されたの」
「えっ!?」
「高校も同じだったから。でも、わたし、大川のこと、そんな風に見たことないし、見れないから、はっきり断ったわ。付き合う気はないって。そしたら、友達でもいいっていわれたの。自分となら、彼の話も出来るよって。わたしは、それに甘えてしまった。大川と彼の話するのも、わたしの知らない彼のこと聞くのも、楽しかったから」
えっと、どういうことだ?
義日は宇佐美が好きだけど、宇佐美には他に気になるヤツがいて、それは義日もよく知ってるヤツで、義日がソイツのことを宇佐美に教えてやってるってことか?
「でも、いつまでもこのままじゃダメだってわかってるから、わざと冷たくしたりしてるんだけど、全然効果なくて」
なるほど。
義日、哀れなヤツ。
「じゃあ、えっと、その、彼、とかいう人とは、付き合ったりしないんですか?」
「……一生無理な話ね」
「一生って、フラれたんですか?」
「だったら、諦めも付いたんだろうけど、告白も出来なかったから」
「はあ……」
告白する前に、相手に恋人が出来たんだろうか。
年上で、既婚者とか。
そんな話をするうち、校門の前まで来た。
「あなたの家はどっち?」
「向こうです。バイパスの横の坂を、ちょっと上がったとこにある神社の近く」
本当は、その神社に帰るんだけど。
「神社?」
「あ、はい。稲荷社って小さな神社だから、知らないかもしれないけど」
「知ってるわ。縁結びの御利益があるって、女子の間で有名よ。お参りすれば、会いたい人に必ず会えるって」
「へー」
あの寂れた神社がねぇ。
「それじゃあ、うち、反対だから」
「あ、はい。さよなら」
結局、約束のこと聞けなかったな。
そう思いながら坂を登っていくと、神社の辺りから女が出てくるのが見えた。
うちの制服だが、知らねぇ顔だ。
なんだか浮わついた様子の彼女は、オレに気付くとパッと顔を背け、小走りに坂を下りていく。
なんなんだ、一体?
不思議に思いながら帰ると、鳥居の後ろに白菊がいた。
なぜか、ルナールの姿で。
まさか、コイツっ……。
こちらを見て、何かいおうとするのを無視し、オレはヤツに詰め寄っていく。
白菊より背が低い分、顔の距離が近いが、今はそれどころじゃねぇ。
「今の女子、こっから出てきたけど、まさかオマエが連れ込んだのかっ?」
一瞬キョトンとした彼は、すぐにフンと鼻を鳴らした。
「まさか。ただの参拝客だ」
ってことは、本当に女子に人気あんのか。
「第一俺は、人のメスになんざ興味ないっつうの。仔狐のが、よっぽどカワイイし」
白菊とはまた違う甘い声で囁かれ、オレは慌てて飛び
それがよっぽど面白かったのか、ルナールの野郎は腹を抱えて笑い始めた。
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