8. 学校の怪談

 教室へ戻り、午後の授業を受けたオレは、掃除と学活の後、なっちゃんたちに一緒に帰ろうと誘われた。

 特に断る理由もねぇからOKすると、ついでに校内を案内してくれるという。

 一応、一年半ほど在学してたし、そんなんまったく必要ねぇけど、人の親切は無下には出来ねぇ。


 四階東の第二音楽室から始まり、美術室、図書室にパソコンルームなどなど。

 校内を回るうち、いつしか話題は、学校の怪談となった。

 きっかけは、美術室にある石膏像の向きがいつの間にか勝手に変わってるとかいう話からだ。


「そういえば、ここにも出るんだって」


 西階段を下りる途中、なっちゃんの友達――佐々木とかいうヤツがいった。


「あ、わたしも聞いたことある」

「あたし、知らない。何々?」


 なっちゃんが聞くと、佐々木ともう一人――原は、目配せし、わざとらしく声を潜める。


「だから、出るんだって。ここで死んだ生徒の霊がっ」

「えっ。本当?」


 ふーんとか思いながら辺りを見回したオレは、ハッとする。

 この場所ってもしかして、オレが頭打ったとこじゃ……。


「どうしたの、桜田さん。顔色悪いけど」

「あのさ、それって、今から五年前に、この階段から落ちて頭を打ち、数日後に脳出血で死んだ男子生徒のこと?」


 聞くと、みんな驚きの顔でオレを見た。


「桜田さん、霊感あるの?」

「エラく具体的だけど、なんか視えてるとか?」

「まさかっ」


 霊感なんてあるわけねぇし、そもそも、幽霊自体信じてねぇって。

 でも、白菊みてぇな、妙な力持ったヤツがいるんなら、ひょっとすると幽霊もいるのかもしんねぇよな。


 とはいえ、これだけは、はっきりいえる。

 ここに、桜田頼正の霊なんていねぇ。

 化けて出た覚えもねぇし、こんな場所に未練も執着もねぇっつうの。

 だが、オレの在学中に、そんな噂などなかったし、ここで死ぬヤツなんてそうそういねぇだろうから、やっぱってことなんだろうなぁ。


「でも、本当にそういう話だよ。なんか体育が好きな人だったらしくて、体育祭の頃によく出るとか」


 うわぁ、なにそれ。

 それじゃあオレが、運動だけが取り柄の、脳筋男みてぇじゃねぇかっ。


「あれっ。わたしが聞いたのは、の霊が出るってヤツだよ。放課後、踊り場んとこに、ぼおっと立ってるって」


 女子? そんなモンまで出んのか?

 それも、の祟りで死んだ女生徒、なんて噂になってたらどうしよう。

 ああ、もう、学校の階段で死んで、学校の怪談になっちまうなんて、マジ洒落シャレんなんねぇよ。


「どうしたの、桜田さん。まだ具合悪いんじゃない?」

「大丈夫、大丈夫。あ、そうだ。宮前先生に呼ばれてたの、すっかり忘れてた。遅くなるといけないから、先に帰ってて」


 嘘だった。

 なんとなく、今すぐ一人になりたかったから。

 しかし、嘘のでこんな目に遇ってるのに、また嘘吐いちまったよ、オレ。


 誰もいねぇ教室に戻り、ベランダへ出る。

 少しずつ明度が下がっていく九月下旬の空を眺めながら思うのは、過ぎ去った年月としつきのこと。

 オレの中では、つい一昨日も、ここで授業受けてた気がすんのに、それは実は五年も前のことなんだよな。

 オレが入学した時点で大規模改修が終わっていた校舎には、これといった変化もねぇが、中の人間はほぼ入れ替わり、桜田頼正はになっていた。

 ここで、本当に、オレの罪を贖うことが出来んのか?

 いくら考えても答えは出なそうだし、今日はもう帰ることにしよう。


 本当は中央階段の方が近いけど、なんとなく西階段を下りていく。

 オレが死んだ場所――は病院だけど、死ぬきっかけとなった場所。

 そういや、オレが頭打ったのも、こんな時間だったっけ。

 走ったりせず、こうやってゆっくり下りればよかったのに。

 バカだなぁ、何をそんなに急いでたんだか。


 四階から二階まで下り、まさにオレが頭を打った事故現場である踊り場に差し掛かろうというとき、オレは悲鳴を上げそうになった。

 そこにぼうっと突っ立つ、人影を目にしたからだ。

 まっ、まさか、さっき聞いた階段の幽霊っ?

 確か、踊り場に女の子が立ってるとかいう話だったが。


「桜田っ?」


 影がポツリといった。

 微妙な光の関係で、ちょうど顔がよく見えねぇが、若い女の声だ。

 でも、なんでオレの名前を?

 新しいクラスメイトか?


 階段を下りきり、彼女が立つ踊り場に出ると、相手の顔がはっきり見えた。

 明らかに中学生じゃねぇ女の人。

 先生にしては、ずいぶん若い。

 茶色い髪を右耳の下でまとめて、茶のショルダーバッグを肩にかけ、白い五分袖のカットソーに、カーキ色のロングスカートを穿いている。

 色が白く、細面で、ものすごい美人とは違うが、優しげな顔には、なんとなく見覚えがあるような……。


「ごめんなさい。驚かせちゃった?」


 オレを見て、照れたように彼女はいった。

 さっきの呟きへの謝罪のようだ。


「ええ、まあ、幽霊かと思いましたよ」


 正直に答えると、彼女は目を見張り、それから小さく笑う。

 そしてまた、ポツリといった。


「だったら、よかったのに」

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