6. 女子更衣室の真実

 一時間目が終わると、教室中の生徒が、オレの周りに集まってきた。


「桜田さん、どっから来たの?」

「えっと……東京?」

「ここだって東京だよ、一応」

「あー、だね」

「桜田さんの髪、キレイな茶色だけど、染めてるの?」

「違うよ。生まれ付き、かな」

「いいなぁ。そういえば、桜田さんって……」


 いろんな質問を次々に繰り出され、“桜田頼子” の設定を、何も考えてなかったオレは戸惑ってしまう。


「じゃあ、さ――」

Ça suffitスュフィ!」


 突然、隣の席から、やや強めの声が上がった。


「いい加減にして下さい、皆さん。そんなにあれこれ聞いては、mademoiselle マ ドゥ モ ワ ゼ ル も困ってしまいますよ。それに、休み時間ももう終わりです。授業の準備しないと、怒られてしまいます」


 さすが外人の血を引いてるといった感じの、はっきりした物言いだが、丁寧な言葉使いと柔らかな声音、そして、無敵の天使の微笑エンジェリックスマイルのお陰で、反論するものは誰一人いねぇ。

 みんな大人しく、自分の席へ帰っていく。

 今のって、助けてくれたんだよな。

 お礼、いった方がいいのかな。

 様子を窺うと、ニコッと微笑みかけられ、またフランス語で話しかけてきたので、結局何もいえなくなってしまった。


 彼の説教が効いたのか、次の休み時間には誰も近寄って来なかった。

 ただ、前の席の子が振り向き、遠慮がちに話しかけてきた。

 校則通り、セミロングの髪を首の後ろで一つに縛った女子で、人の良さそうな感じのする、なかなか可愛い子だ。


「あたし、大川おおかわつき。よろしく、桜田さん」


 あれ? その名前、なんか聞き覚えあるぞ。

 それに、この顔、どっかで見たことあるような……。


「あっ! 大川って、もしかして、よしの?」


 彼女の、元々くりっとした目が、さらに丸くなる。


「えっ? うちのおに、兄のこと、知ってるの?」

「えっ? ああ、うん、まあ、ちょっと……」


 大川義日は、桜田頼正の同級生であり、一番の親友だ――と、少なくともオレは思っていた。

 同じサッカー部で、いつも二人でバカやってて、お互いの家にも行き来してたから、彼女――なっちゃんとも、一応面識がある。

 あの頃はまだ、小さな小学生だったのに、すっかり大きく、可愛くなって、と親戚のおっさんみたいなこと思ってしまったけど、これってマズくねぇか。

 桜田頼子なんて、ふざけた名前、怪しまれるんじゃ……。

 だが、彼女は、まったく違うことを気にしていた。


「もしかして、桜田さん、お兄ちゃんのカノジョ、とか?」

「まさかっ!」

「だよねぇ。同じ大学の人みたいだし」

「えっ? 義日、カノジョいるの?」

「多分、いるっぽいよ。なんか、中学んときの同級生らしいんだけど」

「同級生っ……」


 だとしたら、オレも知ってるヤツかな。

 いつからその子のこと、好きだったんだろう。

 オレの知ってる義日は、女になんかまるで興味なさそうな、バカなガキだったのに、今では大学生で、おまけにカノジョもいるなんて――。

 五年という歳月の長さを、オレは改めて意識した。


 三時間目が始まると、なんだか頭がぼんやりしてきた。

 夜行性だから、昼間眠くなるとかいってたけど、身体も少しダルい気がする。

 いや、でも、ここで寝るわけにはいかねぇよな。


Ça vaヴァ?」


 隣から何か声をかけられたが、応える気力もなかった。


 四時間目は体育らしい。

 ジャージもしっかり用意されてたので、オレはなっちゃんと、その友達と一緒に更衣室へ向かう。

 って、いきなり女子更衣室キターっ!!

 これって、いわゆるお約束だよな。

 男の目がねぇのをいいことに、大胆に着替える女子を見て、ドギマギしちゃうヤツ。

 精神年齢13歳、実年齢約5ヶ月のオレには、まだちょっと早すぎんじゃねぇの。

 とか、あれこれ考え緊張してのぞんだが、更衣室内の光景は、オレの想像と大分違った。

 みんな、お喋りしながらも、驚くべき早さで着替えていく。

 ブラウスの上からTシャツを被って、その下で器用にボタンを外し、先にハーフパンツを穿いてから、スカートを脱ぎ捨てる。

 下着なぞ、チラッとも見えやしねぇ。


「どうしたの、桜田さん? 着替えないの?」

「桜田さん、胸おっきい。何カップ?」

「その下着カワイイね」


 って、オレが見られてどうするっ!

 オレも急いで着替え、体育館へ向かった。


 今日はどうやら、女子の先生がお休みらしく、男子と合同でやるらしい。

 準備体操をしたあと、男女別にバスケの試合が始まった。

 ジャンケンの結果、オレの出番は第二試合になったので、ギャラリーから試合を眺める。

 ボールが弾む音とシューズの擦れる音、声援。

 結構ムダが多いなと、手すりにもたれ、動きを目で追ってると、不意に男子側のコートから、大歓声が沸き起こった。

 見ると、あの・ルナールが、シュートを決めたとこのようだ。

 アイツ、運動まで出来んのか。

 まあ、体育なら、オレも負けねぇけど。


 第一試合が終わり、次はオレの番だ。

 見てろよ、ルナールっ。

 だが、コートに立った瞬間、オレの意識はいきなりブラックアウトした。

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