2. ウソの報い

(はぁーっ!? なんだこれぇーっ!?)


 鏡を覗き込み、そう叫んだ心算つもりが、実際口から飛び出したのは、甲高い不思議な音だった。


 あれっ? もしかして、喋れねぇ?

 つうか、なんでいきなりこんなことに?

 オレは、どこにでもいるごく普通の男子中学生だったのに、起きたら突然、狐になってるなんて。

 しかも、いとけないつぶらな瞳とか、自分でいうのもなんだが、ちょーカワイイんすけどぉーっ。


「オマエ、桜田頼正のことは認識してるんだろう? ならば、頼正に何があったか、覚えていないのか?」


 鏡をふところへ仕舞いながら、哀れむように男がいう。


「やっぱ、頭を打ったせいか?」

(頭?)

「学校の階段から落ちて、頭打ったろ」


 ああ、確かにそんなことあったわ。

 記憶を辿ると、あの日の出来事が、走馬灯のように脳裏によみがえる。


 あれは、金曜日の放課後。

 部活も終わり、早く家に帰ろうと階段を駆け下りてたとき、うっかり足を踏み外し、階段の角んとこに、思いっ切り後頭部ぶつけたんだった。

 一瞬、意識がぶっ飛んで、ヤバいかと思ったけど、まぁなんとか大丈夫そうだったから、そのまま家に帰った。

 で、いつも通りメシ食いながらテレビ観てたら、なんか急に気持ち悪くなってきて、また意識が遠退いて……そっから先の記憶がねぇや。

 救急車がどうのって叫ぶオヤジの声は、なんとなく覚えてっけど、そのあと、どうなったんだ?


「死んだよ」

(は?)

「桜田頼正は、搬送された病院で意識不明のまま数日後に亡くなった。死因は、頭部強打による脳出血だったか」

(マジ、で?)


 男は、端整な顔を曇らせ頷く。

 ウソだっ、そんな話、信じられっかっ。

 そう思うと同時に、ああやっぱしそうかと、素直に納得してる自分もいる。


「で、その魂は、生前犯したにより、狐に生まれ変わった、というワケだ」

(って、オイっ! 罪ってなんだよ、それっ!)


 そんな悪いこと、した覚えねぇぞっ。

 さすがにコレには納得出来ん。

 人は生まれながらに罪を背負ってるとかいうが、その上オレは、何を仕出かしたってんだ。

 ありを踏んづけたとか、蚊を叩き潰したとか、そういうことか。


「違うな。桜田頼正の罪は嘘をいたことだ。聞いたことないか。ウソつきは狐に生まれ変わるって」

(ウソって、ウソだろ?)


 そりゃ、嘘くらい吐いたことあるさ。

 遅刻したときの言い訳とか、適当に話合わせるときとか。

 でも、そんくらい、誰だってやんだろ。

 まあ、よくないこととは思うけど。


「そうして吐いた嘘の一つが、今もの心に残り、苦しめている。だから、オマエはその人にあがなわねばならない。それはまた、オマエ自身のためでもある」


 男は、やや芝居がかった口調で言葉を続けた。


ごうというのを知っているか? 前世での行いが原因となり、現世で受けるむくいのことだ。今のオマエの状態が、まさしくそれだろう。だが、前世の罪をつぐなえば、背負ってた悪い業もおのずと解消され、来世ではよい世界に生まれ変われるはずだ」


 前世やら業やら、眉唾まゆつばモンの話なのに、妙に説得力あるのは、やたら耳障りのいい声のせいか?

 つっても、そんな償いが必要になるような嘘、吐いた覚えねぇけどな。

 そもそも、その人って誰だよ?


「そいつは教えられんが、業を解消する手助けくらいならしてやる。どうだ? それから、眉唾というのは人間が狐に化かされないようにやるまじないからきた言葉だから、狐のオマエが使うのは、どうかと思うぞ」


 最後のは、余計なお世話だ――って、アレ?

 やっぱコイツ、オレの心読んでるのか?


「そうしないと会話にならんから、やむ無くだ」


 男はしれっといったが、これってかなりスゲーことだよな。

 人の心が読めるなんて、マジただモンじゃねぇ。


「人ではなく狐だろう、オマエは。でっ、どーすんだ? このまま頼正のことは忘れ、ただの狐として一生を終えるか、それとも、頼正として落とし前を付けるか、オマエが決めろ」


 決めるも何も、知っちまった以上、今さら見て見ぬ振りなんて出来るわけねぇだろ。


(やるよ)


 どうせ言葉になんてなんねぇだろうけど、オレは声に出してはっきりいった。


(落とし前、きっちり付けてやるっ)

「そうこなくっちゃな。ではさっそく、オマエのなすべきことを教えよう」


 男は、白い着物が汚れるのもいとわず、地べたに胡座あぐらをかくと、真っ直ぐオレを見下ろしいった。


「オマエは人の子に化けて、桜田頼正の中学へ行くんだ。さすれば、犯した罪を思い出すことも出来るだろうし、贖うべき者にも会えるだろう」


(はぁ? 化ける? どうやって?)


 狐が化けるとか、おとぎばなしじゃねぇんだぞ。

 いや、でも、人の心を読んだりする妙なチカラを持ったヤツもここにいるわけだし、そういうのもありなのか。

 オレが知らなかっただけで、世の中の狐はみんな化けられるとか。


「バーカ。んなワケあるかよっ。狐が人に化けるには、特別な修行が必要なんだ。修得するには三百年、少なくとも、五十年はかかる」

(五十年っ!)


 その長さを思うだけで、オレは気が遠くなった。

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