これは君への詩

アーモンド

終わらないのが本当の終わり

ねぇ。もしこの世界が終わったらどうする?

もしくは、既に終わっていたら?

……私達のこの心さえ、偽物だったら?


「…………まただ」

静かに眼だけ開いて、微動だにせず呟いた。

布団は見事に一ミリもずれず、世界は黙ったままだった。

そして彼女も、夢の中に消えた。

憧れの人、好きな人、そして今は亡き人。


息を吐いて、今日をまた生きようと諦めた。


プシュンと機械が息を吐く。と同時にカプセル状だった布団は開き、俺は外部へ出た。


非常に見晴らしが良い、芸術的な廃墟空間がそこにはあった。




それは今から一年半前の事だった、はず。

その日は鬱陶しいほどの快晴だった。


俺は高校一年生だった。

彼女も、高校一年生だった。


中学の時、二人は美術部に所属していた。

俺はその時から彼女が好きだった。

彼女がどうだったか、俺は知らない。


とりあえず、何が起こったのか解らない。

そこら中でスマホのアラームが鳴って、轟音が響いて、それから…………。




…………それから、世界は終わった。




今俺がいる此処は、元々俺が通っていた高校の、地下にあたる部分である。

校舎見取り図にはないはずの、シェルター。

使われるはずだった、不必要なはずの代物。


そんな場所に俺独り。初めは寂しかったが、この一年半の間に慣れてしまった。




皆、多分消えてしまった。

あの時確かに何かが起きた。その何かに多分皆巻き込まれたのだ。俺だけを残して。


高校跡から出て、外を見てみる。

今日もまた、曇りだった。

『あの日』からずっとそうなのだ。

それから高校跡に遺された唯一の教室、3年A組にある日記をつける。最早日課として最高のものとさえ思っている。

まあ当然、書く事は何一つ無い。

最近はもう、落書き帳として活用している。




また彼女に会えたならなぁ。


俺一人だけの世界で、そう思った。




「…………ユウキ?」

「っ!?」


そんな。そんな事があるはずがない。

あの髪の香り、あの声、あの容姿……、どれをとっても彼女だった。

まして、俺の名前を呼んだ。

『あの日』以前と変わらない、亡いはずの彼女が。


「……ミツキ…………?」


俺は彼女の名を呼ぶ。

それから駆け寄り、頭一個半くらいも小さい彼女に、しどろもどろながら話しかける。


「……本当に、ミツキ……?」

「?そうだよ、どうしたの?」


どうしたの、はこちらの台詞だ。

そも一年半、何処にいたというのか。


「…………ねぇ」

「何?」

「……一緒に、ご飯食べない?」




カポン。

軽い音と一緒に、軽い乾パンが出てきた。

「ごめんな、非常食しかなくて」

「いや何もだよ。むしろこの方が雰囲気あるし」

ご飯、と言っておきながら乾パン。

恥ずかしさで死にそうである。


「……あ、そうそう!!」

何かを思い出した様に、ミツキは乾パンを飲み込んで何かをポケットから出した。


それはどこか、クレジットカードの様な雰囲気のある、薄っぺらい金属板だった。




「何これ?」

「え、持ってないの?これ、『パス』だよ」


『パス』……?何の為の許可証パスなのか。


「……もしかして、忘れちゃったの?

あの時話した、『終わり』の事」




あれは一年半前の事だったよ。

ユウキってば、いきなり

「俺さ、この世界のもの全部、もしかしたら誰かが糸を引いて動かしてるんじゃないかな、って思うんだ」

とかいうから怖かったんだよ?


「私達は操り人形じゃないよ。ちゃんと自分で考えて動ける、人間でしょ?」


でもね。

「ユウキ。貴方が正しかった」

「…………え?」

「世界はもう何百年も昔に終わっていて、私達は心だけ生かされたまま、何度も人生を繰り返しているの」

ずっと機械の中で、脳味噌だけ、ね。




ミツキが言うことの大半が頭に入ってこない。

俺は悪い夢でも見ているのか……?

いや、これは現実なんだろう。


「で、これは世界に来るためのパス。

ユウキはなんで、ここに、この要らなくなった世界にずっといるんだろうね……?」


止めてくれ、これ以上何も言わないでくれ。

俺は必死に願った。


「無駄だよ?この世界に神さまなんていないもの。考えてる事全部、アイツらにばれてるし」

アイツら、って誰だよ。

「教えてあげられない。私がここに来たのも、貴方を救う為じゃないし。

……ごめんね」


そう言うとミツキは、すっ、と黒く重量感のあるモノを出した。

銃だった。


「……救いたいけど、方法が無いから」




銃声。

次いで、ゴポゴポ、と液体の中で泡の出る音がした。

『試験体089号ノ脳死ヲ検出』

人ならざる何かが、先ほどまで生きていた脳味噌を液体から引き上げ、電極を繋いだ。


『試験体089号ノ再蘇生ヲ開始スル』


バチン。




『…………まただ』

俺は静かに眼だけ開いて、微動だにせず呟いた。

(了)

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これは君への詩 アーモンド @armond-tree

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