焼きあがる程にあつい恋
何かしらの大福
本編
「ほっちゃんお願いだ!おれを男にしてください!」
彼はビターンと全身を倒してお願いし出した。ネットの一部ではこれを土下寝というらしい。
「・・なんで私なの?」
「俺は一人前の男になりたい!そのためにはほっちゃんの力が必要なんだ!」
ガバっと起き上がって彼が答える。
「だーかーら、その理由を言えっつってんの」
「他の子と違うから!ほっちゃんとなら、男の中の男になれる気がするんだ俺!」
全然話が見えない。いや、きっと彼からしたら思っていることをそのまま伝えているだけなんだろう。彼はそういう熱血バカだ。まだ全然熱くないくせに、気持ちだけは熱く焼きあがっている。
「えー、ひどいよーしょっくん。あたしとの方が楽しいよー?最後に跳ね上がるような気持ち、味合わせてあげられるよ?」
「ありがとうポップちゃん!だが俺は、楽しいだけではダメなんだ!俺だけが満足していてはダメだと言う事に気づいてしまったのだ!」
私たちの話を聞いていたのか、少し離れた場所にいるポップが声をあげた。あーもう、彼女まで加わると余計にややこしくなりそうだってのに。
「じゃあほっちゃんだと何が違うのよー。あたしやオーブ姉さんよりかなり面倒くさい子だよーほっちゃんは。ねー、姉さん?」
手間暇かけてると言って欲しい。
「ポップ、相手を悪く言うのはよくないわ。私たちは同じ女性。違いはあれどみんなそれぞれ魅力があるの」
近くにいたオーブさんにたしなめられ、ポップがぶーっと言ってしょんぼりする。さすがうちらの姉さんだ。
「ごめんねほっちゃん。別にほっちゃんを悪く言いたかったわけじゃないの。しょっくんが私に振り向いてくれないのがどうしても気になって…」
素直に謝るポップ。やっぱり根はいい子だな、と思うとフフっと笑い声が漏れてしまった。
「あー!なんで笑うのよ!」
「ごめんごめん。なんかポップがかわいくて。気にしてないからいいよ」
もー、っと今度は膨れるポップ。やっぱりかわいい。だからこそ、余計にこの男が私を選ぶ理由がわからなくなる。
「女子会は終わったか!じゃあ俺を男にしてくれほっちゃん!」
律儀に黙ってたのか。こいつもある意味素直なやつだな。ほんと、一体私の何がそんなに気に入ったのだろうか。
「あーもう。正直別にいいんだけどさ!その、あんたを男にする?ってのも意味わかんないけど、それが私の役目なんだから。でもそこまで私にこだわられるからモヤモヤすんの!今までそんな奴いなかったし」
「あらあら。そういうことを気にするなんて、あなたも女の子らしくなってきたわね」
「姉さんじゃなきゃダメって子は結構いるのにねー。うちらはしょっくん達しか相手にしてあげられないし」
「でも私にも、あなた達のようにはできないことがあるわ。だからこそ、みんな違ってみんな良いの」
向こうで謎の女子トークが聞こえるが、とりあえず聞き流しておく。
「一人前の男になるためには、こだわることも必要だからだ!」
ダメだ、どうやっても会話が成立しない。すると、オーブさんがやれやれという感じで彼に話しかけた。
「しょっくん。あなた昨日、あの番組見たんでしょ」
「おお、そうだ!よくわかったな!さすがみんなのオーブ姉さんだ!」
「えっなになに?テレビの話だったの?もしかして昼間にやってるあれ!?」
何か急にみんな納得し出したけど、私は全然ついていけない。
「テレビ?番組?どういうことなんです?テレビに影響されてこんなこと言ってるのこいつ?」
「その番組にね、ほっちゃんに似た子が出てたの。もちろんしょっくん似の子も。その子達がそれはもう熱々で・・」
「彼らが一つになった後の、彼の姿はとても素晴らしかった!あれこそ俺の理想とする男の中の男だったのだ!だからだほっちゃん!今の俺にはほっちゃんが必要なのだ!」
「えー、しょっくんそういうことだったのー?ずるいなぁ、ほっちゃーん」
私だけついていけず、みんながどんどん盛り上がってる。
「いやいやいや、待って!待ってって!だとしても、私とテレビの子は違うでしょきっと?今テレビに出るような子と私じゃ絶対差があるって!」
なんか変に期待されてるようで、それはそれでちょっとこわくなる。だって私、年の割に経験少ないし・・。
「そんなの当たり前だろ!!あの子とほっちゃんは違って当然だ!!」
ずっと叫んでた彼が、さらに声を張り上げた。あまりの勢いに驚き、彼の方を凝視する。
「俺には、お前しかいないんだ!でもそれは決して妥協で言ってるわけじゃない!今までお前を見てきて、ほっちゃんとなら大丈夫だと確信しているからだ!」
「きゃー、すっごい!愛の告白聞いてるみたーい!」
「いやあんた、私と出会って1週間も経ってないじゃない・・」
その前に根拠もないし。
「時間の長さは関係ない!それにほっちゃんだって、このまま年を重ねていくだけは嫌だろう!」
「・・っ!それは・・」
痛いところをつかれた。そりゃあ私だって・・でも、さっきポップが言ってたように人によっては面倒くさいと思われるところがあるわけだし・・。
「俺は自分のわがままだけを通したいわけじゃない!俺もほっちゃんもみんなも幸せにしたいんだ!だからだ、ほっちゃん!」
彼はまた、ビターンと土下寝ポーズをとる。そしてそのままの態勢で続ける。
「俺と一つになって、俺を一人前の男にしてください!!!」
ああ。彼はどこまでも真剣で、どこまでも真っ直ぐなんだな。そう感じた。
私、いつの間にか自信をなくして、臆病になってたんだ。彼の言葉は、そんな私にすごく響いた。心の中が熱くなってくるのを感じた。
「最近ずっと冷めてたからかなあ」
天井を見上げながら私は呟く。真上に取り付けられた換気扇が見える。よく考えたら久々の景色だ。
私は彼の方に視線を落とす。
「・・あんたを一人前の男にできたなら、私の魅力がもっと見つかるかもしれないってことね」
「ああ!だがもちろん、今のままでも君は十分魅力的だがな!」
よくもまあ恥ずかしげもなくそんなこと言えるな・・。でも、お世辞じゃないんだろうなきっと。ていうかお世辞なんて絶対言えないなこいつは。
「いいよ。一緒に頑張ってあげる。ていうか、断るつもりはそもそもなかったんだけどね」
モチベーション、って言うんだろうか。それはすごく上がった気がするし。
「やーん。しょっくん達あつあつじゃーん。あたしまで熱くなってきちゃったー」
「ふふ。しょっくん、ほっちゃん。今のあなた達なら、きっと最高の結果になるはずよ」
「ありがとうオーブ姉さん!俺は必ず、一人前の男の中の男になってくる!さあほっちゃん、いくぞ!」
「え!?今からするの!?」
「ああそうだ!むしろ今じゃないとダメだ!俺達の気持ちが高まってる今じゃないと!」
心の準備が・・とか言いそうになったけど、やめた。どうせグダグダ言ったって、結局は彼のペースに流されるんだ。むしろ確かに、今の方が思い切ってやれそうな気がする。
「はぁー。もう、私より熱くなんないでよね!熱くなりすぎて真っ黒焦げになっても知らないかんね!」
こうなったら覚悟を決めよう。
「もちろんだ!一度きりしかないからな!こう見えて頭は冷静だ!」
頭どころか全身冷めてるけどね!とツッコミを入れる前に、彼は動き出していた。
耳の角をうまく使ってこっちに跳ねてくる。そのままガスコンロのスイッチを押し、調節レバーをいい感じに下げて私の方に飛び込んできた。
もちろん私も蓋を開けて迎え入れる準備は万端だ。彼の体が私の中にすっぽりと収まる。それを感じて蓋を閉じる。
「ちゃっちゃと焼いちゃうよ!」
「ああ!だが時には時間をかけることも大切だ!最初とひっくり返した時では伝わっている熱量が違うからな!両面を最高の焼き加減にするには、かける時間を変えなければならない!」
「それも昨日の通販番組でやってたわけ?」
「これは料理番組で得た知識だ!」
「あんた意外とマメじゃない!ただの熱血バカかと思ってた!」
「俺なりに努力しただけだ!あと俺は豆じゃない、パンだ!」
「・・やっぱバカじゃない」
「なんだ!?熱血バカを否定したつもりはないぞ!」
しょっくん…食パン(6枚切りの一切れ)。少し前に買われてこの家にやって来た。
「まあ、そんなあんただからやる気が出たんだけどね!」
ほっちゃん…ホットサンドトースター。彼女はフライパン型で一枚だけ焼けるやつ。
「いいなー。楽しそうだなーほっちゃん。あたしもしょっくんみたいなパンを焼いてみたーい」
ポップ…ポップアップトースター。縦に食パンを入れて焼けたらチン!って出てくる昔ながらのやつ。
「なんだか妬けてきちゃうわね。・・私は焼いてないけど」
オーブ姉さん…オーブントースター。一般的で食パン以外も焼けて便利。
「焼けてきたあああああああ!!!!」
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
「出来た・・」
「ああ、出来たな!俺は今完璧なトーストになった!はずだ!」
焼きあがってしばらくすると、コンロの火は自動で切れた。最近の家電はよくできている。
「すっごい自信。でもどうすんのよ、ご主人はまだ帰ってきてないのよ。一人暮らしの家だし、ご主人が帰ってこなきゃ誰も食べてくれな・・」
ガチャ。
「ただいまー、っと」
帰って来たよ。
「ははは!最高のタイミングで食べてもらえるとは、俺達は運がいいな!」
ただの食パンじゃないよ、あんたは。
荷物を置いたご主人がキッチンにやってくる。コンロの上で焼けている謎のトーストをいぶかしげに見ていたが、やがて手に取ろうとする。こんな怪しいトーストを食べようとは、中々肝の据わったご主人だ。
「ねえ!私たちさ、また会えるかな!」
その瞬間、とっさに彼に声をかけてしまった。
「む、そうだな!もしまたパンに生まれ変わったら、必ずお前の元へ帰ってこよう!這いつくばってでもな!」
「私、もっと魅力的になトースターになるから!今以上に最高のトーストが焼けるようになってるから!」
彼が私の中からつまみ上げられる。
「ああ!また俺とお前で最高の1枚を生み出そう!」
「約束したからね!食パン!」
彼が少し驚いた表情を見せた。・・気がした。顔なんてないからわかんないけど。
そういや初めて名前を呼んだかなあ。
「約束だ!ホットサンドトースター!」
ガジッ。
「うまっ!何これ。見た感じ味付けとかされてないのに・・」
ご主人が、彼と私を交互に見る。
「このトースター、買ってからあんまり使ってなかったけど・・」
驚いた表情から、少し真剣な・・でも、瞳には優しさが感られるような表情になった。
「ちょっとパンの勉強してみようかな・・」
これはきっと、恋をしている表情なのだろう。今の私にはそう感じた。
そして、彼の言葉を思い出す。
「確かに運がいいみたいね、私たち」
さあ、とりあえずはご主人がまた飽きたりしないように私も頑張らなくちゃ。
今日もどこかで、美味しい幸せが出来る音が聴こえている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます