57話「エリクさんのシュミ」

「君も意外と酷い事があるのね」


 勇者エリク様を見送るところ、アリアさんがぽつりと一言。

 君『も』? もしかしてアリアさんもその節が? いやいや、まさか眼鏡美人がそんな事を思う訳。

 

「そうですか? ルッカさん雷魔法得意だけど、エリクさんの魔法防御力なら効かないと思いますし」

「彼女、近接戦も得意じゃなかった?」


 あ、いけね、そう言えばルッカさんも全成績優秀な成績、つまり物理的な物事に対する成績も優秀だったんだ。

 あーっはっはっは、ごめん、エリクさん、俺悪気は無かったんだ、単純に忘れていただけ、だよ。

 しかし、俺が悪い以上せめて被害を低減すべきと思い『防御力増加(プロテクション)』をこっそりエリクさんに掛けておいた。

 これで、ルッカさんから何があっても多分大丈夫だろう。


「ルッカさ~~~ん、僕も混ぜて下さーーーい♪」


 カミラさんみたく、ルッカさん目掛けて飛び込むエリクさん。


「む、ボクのルッカ様に近付くとは何事ですか!」


 エリクさんの気配を感じたカミラさんはさっと身を翻す。


「私、お尻の軽い男は嫌いって言わなかった?」


 ルッカさんは軽くバックステップを踏み少しばかり後ろに下がる。



 ばったーーーん!!!!



 二人に向かって飛び込んだエリクさんは、誰も居なくなった地面に向かって物の見事なまでのダイブを行ってくれた。

 

「おい、犬っころ! あたしの仲間に何しようとしてやがる!」


 派手な音を立てた事で、黙ってさえいれば控えめで大人しく可愛い黒魔術師になれるであろうセリカさんがエリクさんの元へやって来た。

 で、地面に突っ伏して痛みのあまり起き上がれないエリクさんの背中を『ゲシッ!』と鈍い音を立てながら踏みつける。

 

「ぎゃああああ、痛いです、痛いですけど」


 エリクさんは悶え叫ぶが、セリカさんはそんなのお構いなしにエリクさんの背中を足でぐりぐりと踏みにじる。

 

「あ? 犬が人間の言葉しゃべってんじゃねぇ! テメーカイル様から『プロテクション』掛けてもらってるだろ、この程度で痛い訳ねぇよなぁ?」

「そ、そんなぁ、カイルさんがそんな事する訳無いですワン」


 セリカさんにより背中を踏みにじられるエリクさんであるが、どこか嬉しそうな声をしているのは気のせいだろうか?

 

「ほほー? 犬の分際でご主人様が嘘をついてると抜かす? あたしには確かにアンタに向かって『プロテクション』が掛けられるのが見えたけどねぇ?」


 セリカさんは懐から鞭を取り出すと、エリクさんのお尻目掛けて振るった。

 鞭が、パシーンと良い音をギルドハウス内に響かせると同時にエリクさんの悲鳴も響いた。

 

「そろそろ止めた方が良いんじゃない?」


 アリアさんが俺の耳元で囁く。

 

「そうだね、エリクさん、嬉しそうな顔してるけどこれ以上続けるのもどうかと思うし」

 

 俺は席を立ちエリクさんが居る場所へと向かう。

 

「ねぇ、カイル? 私やり過ぎだと思うんだけど」


 ルッカさんが俺に近付きそっと囁いた。


「エリクさん嬉しそうにしてるんだけどね」


 勿論聞かれた事に答えただけで、セリカさんを止めない訳じゃないんだけど。

 

「そう? ならこれ位が丁度良いのかしら?」


 ルッカさんはきょとんとしながらエリクさんの表情を眺め、確かに俺の言う通りである事を知り複雑な表情を見せた。


「セリカさん? エリクさんも悪気があった訳じゃないしその辺で」


 止めるとは言ったけども、これだけ勢いのある人を止めるのは少しばかり腰が引けるんだけど。

 

「カイル様!? いらしたならおっしゃって下さいませ」


 セリカさんは俺の姿を見た瞬間、持ってた鞭を懐に戻し自分は何もしていないと言う事をアピールし出す。

 って貴女、俺が『プロテクション』掛けたの見たって言ってませんでした?

 

「いやまぁ、そうだね?」

「おほほほほ、あたくし、いぬっこ、エリク様にお願いされて仕方なくやっただけで御座いますわ」


 今、犬っころって言いかけたよな? それに、エリクさんお願いなんかしてないし一方的に踏みつけてませんでした? エリクさん嬉しそうにしてたから別に良いけどさ。


「かいるさぁあああん?」

 

 エリクさんが俺を涙目を浮かべながら見つめる。


「エリクさん? 大丈夫?」


 さて? さっきまで嬉しそうな顔をしていたから何をどういうのか予想し辛い所だけど。


「どーぢで止めたんでずがぁぁぁ!?」


 エリクさんの一言により周囲に居た皆は呆れ返った上に冷ややかな視線を彼に送った。

 まぁ、なんだろう、やっぱりそうだよなぁとしか俺は言えないけど。

 

「ははは、ギルドハウスの中ですし、みんなに注目されてますし」

「う、そうですね、カイルさんの言う通りです。 皆様のさげすんだ視線の中しいたげられたのは物凄く快感でしたけど、もう少し目立たない場所で我慢します」


 エリクさんは、またよろしくお願いしますと言わんばかりにセリカさんにちらちらっと視線を送る。

 

「カイル様? あたくしは仕方無くこの様な事をしただけで御座いまして、元来寡黙で大人しく美しいブラック・ウィザードで御座います」

 

 きゅーに内股になってモジモジし出したセリカさんだけど。

 仮に彼女の言う通りの性格が本心だとしても残念ながら俺には興味が無い、と言うのは口にしちゃダメだよな。

 

「そ、そうなんだ、きっと男性の皆さんに人気があるんでしょうね」

「そうなんですよ、この前も私にアプローチして来た男性が居まして振り解くのが大変だったんです」

 

 ここから暫くセリカさんのモテ自慢話が繰り広げられた。

 俺は仕方なく聞かされるとして、エリクさんはにこにへ笑顔で聞き、何だかめんどくさくなったのかルッカさんは、俺に対してこっそり礼を言った後、気付かれない様にその場を去った。

 カミラさんもルッカさんについて行こうとしたが、セリカさんに見付かり一瞬鋭い視線を受けたせいか、渋々彼女の自慢話を聞く羽目になったのである。

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