なぜ上手くいかんのだ。

玖柳龍華

SIDE:T

鷹村司。

名簿やら何やらでこの名前を見た人はたいてい私を男だと思うらしい。それは仕方ないことだと思う。その名前を20年近く使っている私も、いやこれは男だろと度々思う。


司という文字の後ろに「ちゃん」と付けるのが抵抗あるのかなんなのか、詳細を聞いたことはないが、学生時代の大半を名字で呼ばれてきた。

名前で呼んでいたクラスメートも何人かいる。むしろ慣れたクラスメートからは「司って名前、あんた似合うわ」と言われた。


男らしいと言うことなのか?そうなのか?

もしそうならば、激しく怒る――なんてことはなく、むしろ嬉しい限りだ。


私の家族は父、母、そして兄が3人の計6人家族。

兄たちはサッカー部、野球部、空手部。それを小学生の頃は習い事で、中高は部活でと何年間もやっていた。


私はそんな兄の背を見て育った。

幼少の頃も、やんちゃな兄と混じって庭や公園を駆け回っていたそうだ。


かっこつけたがりな兄を真似て、よく似た格好をしていたり、同じ言葉を使ってみたりして、母に「あんたは女の子でしょうが!」と半ば笑われながら怒られた。



そんなこんなで、兄と共に成長したこともあり、男が苦手だなんてことはない。

あの馬鹿みたくはしゃげるテンションは嫌いじゃない。


だからこそ、母は念を押して言うのだ。


「本性を出しちゃダメよ?」


私は鏡に映った自分を見る。

学生時代ボーイッシュだった短い髪を半ば強制的に伸ばされ、馬の尻尾のように1つに束ね、どうも落ち着かないワンピースなるひらひらな服を着て、背負うことも出来ないハンドバックを片手にした、自分。


誰だこいつは。

化粧までされていて、文字通り化けているのでもはや自分なのか疑わしい。


出かける時間になり玄関に行けば、休日に愛用していたスニーカーはどこかにしまわれ、踵の高い靴が綺麗に置かれていた。

誰の靴だ。誰が履くんだ、誰が。


「あんたよあんた。その格好で似合う靴なんてそういうのしかないの」


母は私がこの類いの靴を嫌っているため、そういう言い方をした。


「なにぶっさいくな顔してるのよ」


ぶさいくいうな。


「めっちゃ踵あんじゃん。あたしこれ、こけるよ?スカートん中おっぴろげるよ?」

「それやって一番はずかしいのはあんたの相手さんよ」


かわいそうに、と母は他人事のように言う。

全部あんたらの仕組んだことでしょうが、と内心でぶーたれる。


ほら早くしないと遅れるわよ、と背後でせかす母に言われ、私ははきたくもないヒールを履く。ヒール?パンプス?何が違うってんだチクショー。


靴を履いて、母の方を見る。

視界が少し高くなって、もともと私より背の低い母がもっと低くなる。


「でっかいわね、あんた。誰に似たのかしら」

「ほんと。ママはちっちゃいのに、私170あるからね?」

「おかしいわよねぇ、私160あるかないかだもの」

「これ、相手さんよりでかいとかない?だいじょぶ?」

「最悪向こうで踵折ってちょうだいな」


私のがさつは多分母のを激しく譲り受けたんじゃないのかと思う。

どんなアドバイスだそれは。


そして、多分明確な答えを言わなかったと言うことは、母も自信はないのだ。私の背が、向こうさんの背より絶対に低い、という確証が。


最悪同じか私の方が上ってこともありえる。

普通にして170あるあたしがヒール履いて、身長盛ってるんだから。


「いーい?司、一人称は?」

「わたくし」

「それは気持ち悪いわ。私でいいのよ、わたし」

「はい、私は私」

「そ。語尾は?」

「でございます?」

「メイドにでもなるつもり?ですますでいいのよ、学校で先生に使ってた口調を使いなさい」

「『せんせー、掃除さぼっていーい?』だけど、おけ?」

「サイテー」


娘に言う言葉じゃないだろ、それ。


「『先生、掃除さぼっていいですか?』でしょうが」

「例文変えていいよ。なんでそれつかったの」

「『なんでそれつかったの?』

「……『例文変えていいですよ、どうしてそれ使ったんですか?』」

「よろしい。じゃ、行ってらっしゃい。気をつけてね」

「いってきマンモスー」


ドアを閉める直前「馬鹿娘」と言われた気がしたけど、多分私のことじゃないでしょ。

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