第12話 簡単な間違い探し

 刑事達は、旅館の出入り口で別れる。赤城警部の姿が見えなくなってから、ウリエルと名乗る少女は、喜田参事官に近づいた。

「どうですか? 捜査の状況は?」

 少女は刑事の苦労を知らず、明るく尋ねる。

「そう簡単に捜査情報を漏らすわけにはいかないが、強いていうなら、謎が解けない。何人か容疑者が浮上しているが、犯行動機が分からない」

 難しく考える喜田の顔付きを見て、ウリエルは右手の人差し指を立てた。

「そんな時は原点回帰。研究所のガス爆破事件の謎は解かずに、第2の事件から第4の事件で殺された3人の被害者の共通点を見つければ、何か分かるかもしれませんよ」

「篠宮と三浦は村の再開発を企てていて、平井村長は中立的な立場から、研究所をお化け屋敷にしようとしました。それで、研究所に勤務していた中川が怪しいと思いましたが、それでは残っている3人の犯行動機が不明になります。その内の2人には鉄壁のアリバイがあるから……」

 間が悪くウリエルの携帯電話に写真が送付されたメールが届く。その写真を見て、ウリエルは思わずクスっと笑った。

 彼女は喜田の話を遮り、携帯電話に映る写真を彼に見せる。それには三浦の自宅の庭に植えられた3本のキンモクセイの木の写真だった。

「現場百遍。第4の事件現場に興味があったから、仲間を警察官に変装させて写真を撮らせたんですよ。彼らは分かりやすい間違い探しを見つけてきたようです」

「何のことですか?」

「鴉さんから聞いているかもしれませんが、私は昨日の午後6時頃、三浦さんの家に行ったんですよ。その時、庭のキンモクセイは2本でした。それが今では3本に増えている。分かりやすい間違い探しでしょう?」

 ウリエルの話を聞き、喜田参事官の頭脳が真実に辿り着いた。

「それが本当なら、第4の事件の謎が全て解けます」

「そうですか? それは良かったです。ということは、今日中に横浜に帰ることができるということでしょうか?」

「はい。今から一連の事件の真相を群馬県警の赤城警部に伝えます」


 喜田参事官が導き出した一連の事件の真相を元に、群馬県警は逮捕状を請求した。その頃にはウリエルの姿は喜田の前から消えていた。

 電話で真相を聞かされた赤城警部は、すぐに喜田の元に戻る。

「これからどうしますか? 逮捕状を請求している間に真犯人に逃げられる可能性もありますが」

 開口一番で赤城警部が尋ねると、喜田参事官は旅館の入り口に足を運んだ。

「真犯人を確保します」

 その時、宮川黄介は旅館の出入り口を通過した。宮川は先程事情を聞きにきた刑事を気にせず、どこかに向かい歩き始める。

 赤城警部は彼を呼び止めようとしたが、喜田は首を横に振った。

「待ってください。彼は1時間前にチェックアウトした田辺彩花と接触するかもしれません。そこを狙った方が賢明です」

 赤城警部は喜田参事官の意見を聞き、宮川を尾行することにした。


 宮川が辿り着いたのは、森の中にある研究所。廃墟となった第1の事件現場は暗闇に覆われ、宮川とは別の影が動く。

「中川が余計なことを書かなかったら、こんなことにはならなかったのに」

 宮川は悔しそうな顔付きになり、懐中電灯で暗闇に潜む影を照らした。それにより、田辺彩花の顔が浮かんだ。

「遺書のことを教えていただき、ありがとうございます。おかけで予定を変更することができました」

 田辺が優しく微笑む。丁度その時、2つの影が研究所の中に入り、東京から来た刑事が呼びかけた。

「こんなことをしても、馬場茜さんは喜びませんよ。この村と東京を舞台にした連続殺人事件の犯人は、あなた達です」

 田辺と宮川は、突然刑事の声が聞こえ、唇を噛んだ。

「刑事さん。どこに隠れているかは知らないが、私達が犯人なわけがないでしょう。私達には三浦さんが殺された時に、鉄壁のアリバイがあります」

 田辺の反論を聞き、喜田参事官は失笑する。

「鉄壁のアリバイですか? 完璧ですよね?三浦さんが死亡したのがあの時間だったら」

 緊張状態が続き、喜田は推理を口にする。

「このアリバイトリックの痕跡は、三浦の遺体に隠されていました。彼の遺体の脇の下に軍手の繊維が付着していたんです。さらに、彼の自宅のキンモクセイが2本から3本に増えているという証言を得た僕は、あなた達の仕掛けたアリバイトリックに気が付いたんですよ。あなた達は昨晩神社に駆け付ける前に、三浦を殺害し、遺体を埋めた。これで死後硬直のスピードが1/8まで遅くなります」

「午前1時に殺されたと警察に誤認させることで、お前らは鉄壁のアリバイを手に入れた。遺体の脇の下に付着した軍手の繊維は、庭に埋めた遺体を掘り起こす時に付着したんだろう」

 赤城警部が喜田参事官の推理に続き、真犯人を追い詰める。だが、宮川は刑事達の推理を笑った。

「そのトリックなら誰でも犯行は可能でしょう。バカバカしい」

「それならどうして、あなたは中川宏一の名前を騙って、第2の事件の被害者の篠宮澪と接触したのですか? あなたは篠宮澪を彼女の会社の屋上に呼び出して、殺害したんです。篠宮澪の自宅に保管されていた中川と名乗る人物の名刺から、中川宏一の指紋は検出されなかったようです。あなたの指紋を調べれば、成りすましを行っていたことは明らかになるでしょう」

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