第11話 遺書の中の少女

 10畳ほどの和室の中で、喜田参事官と赤城警部は塚本八重子と顔を合わせた。

 早速喜田参事官は、塚本八重子に尋ねる。

「10年前、あなたは両親を失った馬場茜を養子として引き取ったそうですね」

「それは事実だが、事件と関係あるのかのぉ?」

「中川宏一が遺書を残して自殺しました。それに記されていたんです。ごめんなさい。茜ちゃんって」

「そうか。茜は中川を兄にように慕っていたからの。本当は茜を引き取りたかったそうじゃが、16歳の娘を無事に卒業させるほどの金がなくて、断念した時のことは覚えとる。あの時の悲しそうな中川の顔は忘れたことがない。茜がワシの家で暮らすようになった時、毎日のように茜を訪ねて、ワシの家に来たよ。7年前、東京の大学に通うために上京するまでは。多分中川は、1か月前に病死した茜と天国で再会するために、自殺したんじゃと思う」

「1か月前に病死?」

 衝撃の事実を聞き、2人の刑事は驚き、身を乗り出した。

「そうじゃ。茜は1か月前に病気で死んだ。まだ若いのに、残念じゃと中川は号泣しとったわい」

 悲しそうな表情の塚本八重子に、喜田参事官は右手を挙げて尋ねた。

「ところで、茜さんはどうして、10年前の心中事件で命を落とさなかったのでしょうか?」

「10年前、事件が起きた日、茜は隣町の友達の家に泊まっていたんじゃ」

「それで助かったということですか?」

「そうじゃ。もしも10年前、茜が友達の家に泊まりに行かなかったら、両親と共に命を落としていてもおかしくなかった。それくらい大きな火事じゃった。両親を失った茜は抜け殻のように生きとった。送り火祭りで和太鼓の演奏をする夢を諦めるほどな」

 塚本八重子の話を聞き、喜田参事官はハッとした。それから彼は何かを考え始める。

「午前1時頃、あなたはどこで何をやっていましたか?」

 最後になって赤城警部がアリバイを確認する。この形式的な質問に、塚本八重子はハッキリと答えた。

「神社に籠って村を襲う悪霊を鎮めとったわい。その時間に三浦が死んだんなら、ワシも歳じゃな」

 

 塚本八重子の自宅から去りながら、喜田は赤城警部に次の目的地を伝える。

「旅館に行きましょう。先程の塚本八重子の話で気になることがあります。もしかしたら宮川黄介にも接点があるかもしれません」

「分かった」

 そうして2人は、村唯一の旅館に足を運んだ。


 2人の刑事は旅館の受付に事情を話す。

「はい。宮川様の客室ですね」

 受付嬢が刑事に確認する。その後で喜田参事官は右手を挙げた。

「それと、田辺彩花の客室も教えていただけますか?」

「申し訳ございません。田辺様は1時間前にチェックアウトしています」

 受付嬢は頭を下げて、宮川が宿泊している部屋に刑事を案内した。

 ドアをノックしてから数秒後、ドアが開き、宮川が顔を出した。宮川は昨晩事情を聴いてきた刑事が再び現れ、驚いたような顔になる。

「宮川黄介。聞きたいことがあります」

 そう喜田に言われ、宮川は仕方なく部屋に刑事を招き入れた。東京から来た刑事は早速宿泊客に尋ねた。

「あなたは馬場茜をご存じですね? 実は中川宏一が自殺しました。遺書に茜ちゃんという文言が含まれていたことが気になり、伺っています」

 宮川は顔を曇らせると、深く溜息を吐いた。

「馬場茜は優秀な私の弟子でした。あんな事件のせいで無気力に陥らなかったら、送り火祭りの和太鼓は毎年のように茜がやっていただろう。そう考えると、今でも悲しい思いになる」

「10年前、馬場茜は友達の家に泊まりに行ったことで生き延びましたが、その友達が誰なのかは分かりますか?」

「知りませんよ」

 宮川はハッキリと答えた。

「そうですか? 分かりました」

 喜田参事官は聞くことがなくなり、頭を下げて宿泊室から出た。それに赤城警部も続く。


 そして、刑事がいなくなった部屋の中で、宮川は携帯電話を取り出し、電話を掛け始めた。

「大変なことになりました。中川の遺書に茜の名前が……」


 同じ頃、赤城警部の携帯電話に隣町で聞き込み捜査をしていた部下からの報告が届いた。『赤城警部。馬場茜と田辺彩花の接点が見つかりました。田辺彩花は中学校で馬場茜と知り合ったようです。2人の仲は良かったという証言も得ました』

「分かった。まだ聞き込み捜査を続けろ」

 赤城警部が電話を切るのと同じタイミングで、今度は喜田参事官の携帯電話が鳴った。

『喜田参事官。君が送ってきた3人の容疑者の写真を、篠宮の会社の事務員に見せたら、面白いことが分かった。1か月ほど前、宮川黄介が篠宮の会社を訪れていたらしい。それと、被害者の自宅から発見された中川の指紋からは、中川宏一の指紋が検出されなかったよ』

「分かりました」

 喜田参事官は電話を切り、隣に立つ赤城警部の顔を見た。

「宮川は中川宏一という偽名で、篠宮澪と接触した可能性があります」

 そう伝えた直後、赤城警部は首を傾げた。

「それにしても分からないな。何で真犯人は中川を犯人に仕立て上げるようなことをしたのか? 馬場茜は田辺彩花の家に泊まりに行ったことで、10年前の事件に巻き込まれなかったという可能性も出て来たが、犯人の目的が分からない」

「確かに犯行動機が分かりません。しかし、真犯人は馬場茜と繋がりのある3人の中にいるはずです」

 真犯人は誰なのか? 2人の刑事は謎が解けず、唸った。



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