短編集パートⅡ
プリンぽん
春の秋波は酔い待ち草よ(微調整版)
花のお江戸は今日も春。あっしの勘だと明日も春なんでやんしょねぇ。
梅が咲いたらふた月とはんぶん、ご
そいつにゃあっしも文句はねぇが、天下泰平、平穏無事、のどやかすぎんのも困ったもんで、長屋でくすぶってちゃぁこっちはおまんまの食い上げだ。しようがねぇからおもてにおんでて大通り。ネタはないかなぁ、ネタはないかなぁと、……右に左に尻を振るんでやすがね。取り立てて目ぼしいものもなくしょんぼりまっすぐ歩いていると、“謎解きの佐平次” ってのに出くわしたんで……
「ぃよ! 佐平次の旦那ぁ。いつ見てもいい男だねぇ、こんちくしょうっ!」
こいつがイケ好かねぇ奴でして……世間じゃぁ、色男だとかなんとかいわれてやすが、男のくせに細眉の、色白、のっぺら坊の
おまけにあっしより八つは年も下のくせに、どうにも
まぁこっちも、
「縁があるねぇ旦那とは。こうなりゃどうしても、一杯付き合って頂きやすぜ」
よっつに組んであっちに行こうこっちに行こうと大相撲。そしたら急に、
「行きつけの店がある。もう行くまいと決めていたが、あんたとなら行きたい」
と、そう申しましてね。
こっちも若造に拝み倒されりゃ、ふんどしに金玉がこぼれたのも許そうってなもんで、
「へい! 旦那。おともしやす」
大体、謎解きなんぞが飯の種になるってぇのが、
「謎はすべてとけた!」
なぁんてふざけたことを
で、……まぁ、その話をあっしが紙に刷って街中、売り歩くわけでして……
「いやぁ! なんとも
……まぁそんな店なんで先客は、はじっこの方に一人だけ。なんで、酒の肴は待たされずにどんどん出てきやしたがね。
※
イサキの背びれが、
※
貝の中じゃいちばん好きだね。さっと湯ぶりして、チョチョンと切った刺身はくぅぅんと磯の香りが鼻を抜けまして、もれなく付いてくる貝柱の大星、小星を
なんでえぃ、結構いい店じゃねぇかっ! と、ほろ酔いになった所で、
「オヤジ、酒だ」
職人風の客が一人、暖簾を割って入ってきた。
そいつがどうにもこうにも
でもまぁ、そこはあっしも心得たもんで、
「ぃよ! 旦那ぁ、いい飲みっぷりっ!」
っと、そう声を掛けたんですがね。
つれの佐平次も白い
――――
こうなりゃ目の前の
「いいネタはここにあった!」なぁんて瓦版屋、
…………酒の肴は続きやす。
※
目を見張るからメバルってほどでもねぇが、竹の子と合わせた汁物で……
※
青が旨いというのもいるが、あっしゃ臭みがないから断然こっち。身から湯気立つ揚げたての、食われちまうのに喜ぶってのが
※
きたよ。きやがったよこんちくしょうっ! 女房を質に入れてもねぇのに目の前にあるたぁ恐れ入った。逃げるなよ? ふた切れだけってのが寂しいが、み切れじゃ勘定怖くてこっちが逃げる支度しなきゃならねぇ。後生だから逃げるなよ?
※
ええ。ええ。ここまでくりゃぁ文句なんかありゃしやせん。透き通った身は、この際、アオリでもスルメでもなんでもけっこう、結構毛だらけ猫灰だらけ。
恐れ入谷の鬼子母神。ありがたくって涙でてくらぁ。
※秋波※
季節は春。――――んっ!?
いえねぇ、……店に入ったときから気にはなっておりやした、あっしらが来るまえから居た、女の客。それがまぁなんとも言えず、艶めかしい“気”でしてね。
秋波を送るってぇのはつまり、…………女が男に使う色目の事でして……。
そうさなぁ、年の頃なら三十四、五。脂がのった食べ頃の、白魚のような透き通った肌。酒には弱いんでやしょうねぇ、それが桃色に染まって……てへへ。
「姉さん、粋な着物だねぇ。京かね? 加賀かね?」
「嫌だねぇ、安物だよ。でも、褒めてくれるのは嬉しいねぇ」
っと、まんざらでもねぇご様子。
女ひとり呑んでるってぇのは、てへへ。つまりは、そういうことで……
こうなりゃ
※ ※ ※ ※ ※
ところが、……
狐につままれたみてぇな心持ちで、袖を引いた佐平次と並んでふたり大通り。
「あっし…………なんか気にさわることでも言いやしたかねぇ?」
「ははは、いくら口説いたって、あの
「へ? そりゃどういう?」
「もとは深川の芸者でね。あの店に来る客はたいてい色目を使われるのさ。男が本気になったところで、
「カァーぁ、悪い女だねぇ。……ああぁっ! 旦那ぁ! 勘定の時、店のオヤジとごにょごにょ喋ってやしたね? …………
「ははは、違うよ、違う。隣に男が居たろう? あれは、あいつに奈良漬でも出しちゃぁどうだいって、ただそれだけの話しさ」
「こりゃぁまた、妙なことを言いやすねぇ。奈良漬ってのは……
「ところがそうでもないのさ。あの男が呑んでいる酒な…………ありゃ水だ」
「へ!? なんですかいそりゃ?」
「どうにも飲み足りなくてねぇ、男が便所に行くその隙に、くすねて呑んだことがある。詳しい
「また意地汚いことを……しかし、ますます妙な話でやすねぇ」
「そこで奈良漬ってわけさ」っと、ふふふと笑う。
女狐と蟹。あっしはどうにも
「もっと、あっしにもわかるように話しておくんなせぇ」
「……あれは腕のいい畳職人でね。何十年もコツコツと真面目に働かなけりゃ、あぁはならねぇ。でもね、女にゃとんと意気地がない。四十過ぎて女の手ひとつ握ったことがねぇそうだ」
そこであっしは膝を打ったねっ! ぽんっと。
「なるほど! 蟹が女狐に惚れたんで……それで水を飲んでの、酔い待ち草!」
「ところがそうでもないのさ。……お前さん、好きな女に意地悪したことはないかい?」
「いやあの、あっしをいくつだと思ってるんで? ……そりゃまぁ、
「男はそうだよ。だがまぁ、女はもうちぃっと、知恵がまわる」
「はてはて? わからねぇ」
「あの
「??? …………するってぇとなんです? 女のほうもその気があるって言うんですかい?」
「
「馬鹿馬鹿しいっ! そんならそうと女狐が芸者上りの
「そうさねぇ、そのほうが話は早い。まぁ、芸者を十年も続けてりゃ、そりゃぁ汚いもんも見てきたろうし手練手管も覚えただろうさ。でもね、客のあしらいは覚えてもこればっかりはどうしようもねぇ。あの女狐はさわるのが怖くて震えているのさ…………男の真心。 ―――――――― 酔い待ち草は……女のほう」
「…………それで、下戸に奈良漬ですかい?」
「こっちは糸をほどくのが商売だ。奈良漬で足りなきゃ酒を混ぜておやりと言っておいた」
それだけいうと佐平次は……春の風かねぇ? 秋の風かねぇ? 前髪を揺らして
「あら、謎解きの」「ステキねぇ」なぁんて、
……まぁどうでもいい
※ ※ ※ ※ ※
この話はここでおしめぇなんですがね……
あっしはどうしても、この青瓢箪に一杯、
へ? てへへ…………謎を解いたからじゃありやせんぜ?
男は馬鹿だ。女みたいに他人に色目を使って惚れた相手の気を引こうなんて、そんな高尚な手練は出来やしません。せいぜい――――意地悪するのが関の山。
(もう行くまいと決めた店)
酔い待ち草が、もうひとり。 …………ただ、それだけのお話で。
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