魑魅脳涼快談

夜清

芸術家の友達 Yくんの話

 まずは、僕の番か。いいよ。

 僕からは友人と僕の話をしようかな。

 中学生の頃、僕ら兄弟には友達がいた。その子のことは仮にソラって呼ぶね。

 まだ生きてるからさ、本名出しちゃうとまずいことになるじゃん。

 ソラは明るくて素直なアホで、知らない人からお菓子を貰ったら喜んでついて行きそうなタイプ。休み時間によくつるんでたけど、僕ら以外にも友達は多かったと思うよ。

 あれは風がまだ肌寒い春頃だった。僕らはソラに誘われて彼の家に行った。双子の弟はソラと親しかったから、それはそれは楽しみにしてたんだけど……なんだか妙なんだ。

 外から見たソラの家は、ホラー映画に出て来る陰気な一軒家そっくり。普通の一軒家なのに洞窟みたいに薄暗くて、敷地内の空気がどんよりと淀んでるんだ。異様な雰囲気で嫌な気分になった。

 特に気になったのは表札。書かれてたのはソラの名字じゃなかった。なのにソラは慣れ親しんだ様子で家に入っていくんだ。

 おかしいとは思ったけど、僕は適当に自分を納得させてソラを追いかけた。肝試しとか嫌いじゃないし、何よりまだ子どもだったからね。深く考えてなかったんだ。

 弟は躊躇ったけどついてきた。双子だからさ、似たような行動するんだ。顔はそっくりなんだから行動も同じなんだろって変な期待されててさ。いや、今はそんなことどうでもいいか。

 玄関扉を開けたソラが僕らを招き入れた。上がり込んだ僕らは絶句して顔を見合わせた。廊下が汚かったとかじゃないよ。

 臭かったんだ。鼻が曲がって吐き気がするくらい臭かった。

 室内が普通に生きてたら嗅ぐこともないような悪臭で満たされてんの。犬を飼ってるとか、掃除をさぼってるとか、そんなニオイじゃなかった。

 入りたくないなとは思ったさ。でもニオイを言い訳にするなんて失礼じゃん。

 僕らはリビングに向かった。

 誰かソファに寝転がってた。ソラがその人に駆け寄って「ただいまお母さん!」って話しかけてたのをよく覚えてる。そのまま長々と今日の学校での出来事を語り聞かせてた。給食がどうだったとか、体育で大活躍したとかさ。よくある風景だよね。

 その人、生きてなかったけどさ。

 悪臭の発生源だったって言えばわかるかな。もう「死後何日経ってる?」って状態。汁がダラダラのぐちゃどろ。虫がわらわら。

 ああ、気を悪くした? ごめんごめん。弟も悲鳴を上げてたくらいだし気持ち悪くなっても仕方ないよね。

 とにかくさ、こりゃ家中に死臭が染み付いてダメだなってはっきりわかった。リフォームでどうにかなる範疇じゃなかったよね。

 やけに冷静だって?

 そりゃ何年も前の話だし。

 あー……ええと、親が病院経営してて慣れてるの。それに他に人の気配はなかったし、誰かが死んでただけなら怖くもないよ。死人が起き上がるわけないしさ。

 で、続けるけどその人は男か女かわかんなかったにも関わらず、とても……いやすごくすごく綺麗だった。

 ソラが手入れしてたんだろうね。それっぽく保つためか、メイクもされてた。

 美しかった。

 これは芸術だ。そう思った。……ひどく興奮した。触れたかった。

 この出会いが、僕と弟の人生に影響を与えた出来事だったのは間違いないね。

 落ち着いてから部屋を見ると嫌な予感がした。

 食器や家具を見れば大体何人家族かわかるでしょ。

 この家には夫婦の痕跡はあっても中学生くらいの子どもがいる痕跡は一切なかった。棚に飾られた多くの写真。その中で笑う男女は全くソラに似ていなかった。

 どういうことかわかる?

 つまり寝ている誰かさんはソラの家族でもなんでもなかったんだ。

 ソラは他人の家に上がり込んで、アレを相手に家族として振舞ってたんだ。

 流石にゾッとするよ。

 何日この家に帰ってたんだろ。「お母さん」なんて呼ぶのも、話しかける仕草もかなり慣れてた。演技じゃできないよ、あんなの。

 弟が青い顔で可哀想なくらい震えていた。

 もうさ、こんなことになったら遊ぶ気分じゃなくなるよね。

 とりあえず弟とソラを追い出して、僕らの指紋を拭いて髪の毛を拾った。弟の行動は全部見ていたから、作業はたいして時間かからなかった。

 ほら、ここにいた証拠を残すと後が面倒でしょ。巻き込まれちゃ敵わないしさ。僕らは来たばっかりだからこれで大丈夫なはず。ソラはわかんないや。

 とりあえず通報して、ソラは僕らの自宅に泊めた。すごく暴れて怒られたけどね。

 僕を殴った挙句「お前らは友達なんかじゃない! お母さんを返せ!」だって。

 ひどいよねえ。狂気じみてたから助けてあげたのに、感謝もしてくれない。

 結局、後日三人仲良く警察にお世話になった。目撃者がいたんだって。うっかりしてたなあ。動揺してたんだろうね、たかが13歳だし。

 幸い僕と弟は面倒なことにはならなかった。

 当然だよね。弟はあまりにショッキングだったせいか、数日寝込んで目が覚めた時には何も覚えてなかったし。

 僕も便乗して覚えてないことにした。そんな状態だったから深くは追及されなかった。幼い子どもだし、元々孤独死か何かで事件性は低かったみたいだし。

 後で聞いて驚いたことに、ソラも何も知らないって言ったらしい。僕ら以上に冷静に「三人で探検ごっこをしていたら見つけた」んだって。

 メイクまでしといて、そんな言い訳が通じるとは思えなかったけどね。

 ソラはしばらくしてから、また普通に登校してきた。明るくて人懐っこい姿もいつも通り。あんな事件なんてなかったかのよう。

 不気味すぎて、怖かった。

 僕らとソラの仲は完全に冷え切っていた。話しかけられることも、遊びに誘われることもなくなった。

 そうそう。父さんにさ、ソラについて調べて貰ったんだ。

 そしたら酷い生活をしてることがわかった。端的に言えばネグレクトだね。何年も前から両親は帰らず、ポストに少額の生活費が投げ込まれるだけ。よく生きてるもんだと思ったよ。

 これじゃ狂気に片足突っ込みかけても仕方ない。

 って思ってた。

 判断が間違いって気付いたのが、中学を卒業して高校で再会したとき。

 弟は中の中の公立高校、僕は地元一の進学校って別れてたから意外だった。アホなソラに頭がいいイメージはなかったから素直にびっくりしたんだ。

 ソラは会うなり友好的に接してきた。あんな事件に巻き込んどいて、あまりに淡白だった。

 彼は中学の頃のおバカそうな雰囲気を微塵も感じさせず、理知的に言葉を吐き出してきた。

「やっぱりYくんはここに進学したんだな。ああ、でもTくん(弟の名前)と一緒の学校行く可能性もあったから何の用意もしてないな」

「別に。今更ソラと関わるつもりないからいらないよ」

 僕が突き放すとソラは微笑んだ。

「知ってたら入学祝いを贈りたかったんだ。3年前の誕生日プレゼントは喜んでくれなかったからリベンジってやつ。今度こそ最高の演出でYくんの気持ち悪い本性を引きずり出してみせるよ」

 僕は本当にゾッとした。そう、まだ寒い春は僕たちの生まれた月だった。

 ソラは、あの事件を作為的なものだと言い切った。

 僕の大切な大切な弟が傷付いたあの芸術を、自分で仕組んだなんて教えるんだ。

 ソラに対して恐怖を覚えた。

 次に怒りを覚えた。今まで踏み込まれたことのない部分に彼は土足で入り込もうとしている。到底許せなかった。

 しかし自分が酷く恐ろしいものを相手にしてる気がした。

「次はもっと大規模の作品を作るから、楽しみにしててくれよな」

 ソラはそんな宣言をして立ち去った。呆然と見送る他なかったよ。

 あーあ、今思い出しても嫌な気分だ。せっかく素敵な人とも出会えて最近楽しいとこなのに。

 芸術家気取りのヤツって怖いよね、何考えてるかわかんないし。普段は普通を装ってるから厄介。全くもって困ったもんだね。

 ん……ああ。ソラは、まだそばにいるよ。同じクラスになったことはないけどね。

 あんなこと言われて2年経ってるけど、まだなんの動きもないかな。いっそ彼が仕掛けて来るより卒業する方が早いんじゃない?

 心配しなくたって大丈夫。怪しいことしてるようだったら、やられる前にやるよ。徹底的にね。弟やあの人に手を出されちゃ困るから。

 今の僕は昔より幾分か成長してるし、あんなヤツにみすみす負けたりなんてしないよ。

 そうだ、彼を愛でることになってもいいかもね。ソラの体は健康的で全然趣味じゃないけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る