十三/霧眩鏡姫

 膝の上には、赤黒い肉の群体があった。

 人の形を伴うそれを眺めるヒナは、如何な心境であったろう。


「……」


 遠くより、白の波が押し寄せてくる。

 その標的は、魔王幹部である双極の、その片割れ。


「……」


 無言のヒナの周囲に、鏡の欠片が浮かび上がる。

 数にして十三のそれは、示し合わせた様に一斉に散った。

 一つ一つが、草原のあちこちへと散る。

 その範囲は、草原の隅から隅まで、である。 


「アウローラ……わたくしの汝篇よ」


 虚ろの目をし、ヒナは虚空に呼びかける。


「全てを覆い隠す深き霧を」


 押し寄せる白の化け物たちは、獣の如くに知性を持たない。

 そのために、草原に立ち込める霧の現われに、気付かない。

 その濃霧は瞬く間に草原中を覆いつくした。


「全てを照らし出す曙の光を」


 草原中に散った破片から光が照射され、ヒナの頭上に収束する。

 集う光は、金色の冠を形作った。

 成された黄金の冠は、目映い光を放ち、霧の中にその姿を強調する。


 冠の先端、数多あるぎざぎざ部分が、天に黄金の光を放射し回転している。

 黄金の光線群は、天を貫かんとばかりに上空へと幾筋もの線を引いている。


「なにもかもを、焼き尽くしなさい──なにもかもを、なにもかも、を」


 今、草原を覆う霧を構成するのは、小さな鏡ともいえる無数の水滴────「放て」ぽつりと、彼女は言う。

 その瞬間、草原は黄金の光に包まれた。

 霧を構成する一粒一粒の水滴は、けれども通常のそれとは違う。

 ヒナの呼び出した霧は、彼女の扱う鏡の破片と同様の性質を持っていた。

 すなわち、反射する。

 黄金の冠が放つ光線の群れは、ゆえに各々の方向へ一気に折れ曲がる。

 水滴が、光線を屈折する。

 水滴が、光線を屈曲する。

 水滴が、光線を曲折する。

 何万何千万何億を越える水滴の数だけ、光線は折れ曲がる。 

 方向を変化させながら、黄金の光線は寸刻の内に霧中を駆けた。

 妨げるもの全てを貫き、焼き焦がし蒸発させながら。

それは白の異形たちであり、ジールの死体であり、彼女との住処であったオフィスビルであり、彼女と浸かった湖であり、────そして、ヒナ自身をも。


 ヒナの選んだ未来これからは。


 それは、自殺だった。

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