第八話 双極の姫君

 一歩歩むたびに、ヒナの周囲に浮かぶ鏡の破片が増えていく。

 最初は一つだったのが、次は二つ、次は四つ、次は八つ……今では百を超えている。ふわふわと浮かぶそれらの破片から一斉に光線を放つのだろうけど、一瞬で焼け野原になるような気がする。これ、私は要らないのではないだろうか。


「敵は、わたくしの能力を知っています」


 ぽつりと、ヒナは言う。また破片が増えた。


「対策も、充分に練ってきているはずですわ──それ」


 言い、ヒナの周囲に浮かぶ破片の全てが一斉に輝き、光の線を虚空に引いた。ひとつひとつは細いのに、数が多いものだからごん太レーザーになっている。


「────ッ!?」

「────!」


 遠くの人間達が何事かを叫んでいる。

 障壁かなにかを展開していたのだろうが、ヒナのごん太レーザーに容易く突破され、眼前の明かりの四分の三は光に薙ぎ払われて消失した。死んだのだ。なんともあっけなく。対策もなにもあったものではない。やっぱり私要らない。


「さ、人間達と顔合わせをいたしましょう、ヨミ」


 ヒナの言葉を背後に聞き、私は生き残った人間達の明かりへ向けて、地を蹴った。

 距離はあれども、関係ない。頬で風を切り、脚で地を数度蹴ると、もう眼前には人、人、人の群れ。驚愕の表情で私を見ている。

 黒の刃で、一人の首筋を斬った。血液が噴出するよりも先に、次の一人を、次の二人を、次の三人を、斬った。


「な、なんだお前は……!」

「情報にない奴だぞっ」

「落ち着け、慌てるなぁ!!」


 口々に言う浮足立った人間達の全てを斬るに、そう時間はかからなかった。

 草原は血でまみれ、私の髪にもべとついた血液がついている。生臭い鉄の臭いが、鼻に障る。


「あ、ああ……」


 全てではなかった。

 一人、斬り忘れていたようだ。

 尻餅をついて気の毒なほどに怯えているその人間へ、双刀を振り上げて、


「待って、ヨミ」


 ヒナの声に、止められた。


「その者は逃がしましょう」

「どうして?」

「貴女の存在を、知らしめるのです」

「それに何の意味があるの?」

「意味はありません」

「じゃあ、逃がす必要はないでしょう?」

「ただ、わたくしの我儘です。此処に魔王幹部は二人いるという事実を、作りたかったのですわ」

「……意味が、分からないわ」


 言い、私は人間へ向けていた双刀の刃を、反転させた。もう殺すつもりはない。ヒナが殺すなと言うのなら、私は殺さない。


「うあ、うああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫しながら、人間は逃げ去って行った。


「ありがとう、ヨミ。殺さないでいてくれて」

「ええ、そうね……」


 ヒナの言葉の意図は、推測できる。

 つまりは、孤独ではないというある種の客観的な事実を、ヒナは人間を用いることにより作りたかったのだ。今、私は此処にいる。だがそれを認識しているのはヒナだけだ。主観なのだ。そしてヒナは、恐れていた。その主観が、結局は幻を見ているに過ぎないだけではないか、私はやはりこの世に不在なのではないか──と。

 彼女は孤独を恐れている。

 なぜ、そこまでに────ずきりと、頭が痛んだ。

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