第七話 人間の敵

「ヨミ、タオルを」

「ありがと」 


 ヒナの持ってきたタオルで身体を拭く。身体についた水滴の一粒一粒が吸い取られ、肌にあたる夜風の冷たさも緩和されゆく。


 服を着終わると、ヒナは言った。


「ヨミ。短刀ナイフを」


 ヒナの言葉の意味は、すぐに察せた。

 遠く、ビルよりもずっと遠いところに、複数の明かりが点々と動いていたのだ。数にして、三、四十はあるだろうか。それらは、こちらに向けて、というよりもビルに向かって進んでいる。


「わたくし達はこれより、人を殺します」


 ならばあれらは人間か。

 魔物私たちを滅するための、人間達か。


「再創器は、その総てが魔王により破壊されました。ゆえに、今、一度きりの死しか世界には存在しません。再生者の匣、なる類似物はあるようですが、それは傷を癒すのみで死を通り越すことは不可能です」


 一度しか死なない人間を死なせる。

 それは相手を終らせることと同義だ。

 それは、終止符の魔王の所業と同様だ。


「仕方のないことなのですわ──魔王の幹部なのですから」


 言うと、ヒナの周囲に二つの光点が生じ、弾けた。そこから生じるなにかを、ヒナは両手で受け止める。


「これを、着てください」


 ヒナが手渡してきたのは、真っ黒な服。それはさながら、からすのような────「人を殺すときに着る、わたくし達の戦闘装束です」

 

 ◇

 

 顔を覆い隠す幕には、象徴化した月の絵が描かれていた。ヒナの方の幕には、太陽の絵だ。視界全体をすっぽりと覆っているのに、不思議と前方の景色は分かる。

 黒い外套はからすの翼のよう。

 身体にフィットした装束を着用し、顔を月の幕で覆い隠し、両手に短刀を握りしめ、私の用意は完了した。

 同じくヒナも完了したらしく、パーティドレスのような白色の衣を身に纏っている。


「では、参りましょうか、ヨミ。見せてやりますわ」


 近づいてくる明かりの群れへ一歩を踏み出し、ヒナは言う。


「わたくしたちの、戦いを────」

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