悲しいような、嬉しいような・・・
雪野 ゆずり
悲しいような、嬉しいような・・・
「おはよう!」
そんなふうに言えるかな?寂しくて、寂しくてたまらない今日。あなたは遠い空へ行ってしまう。そこで、一年間の修行を積んで、きっともう、私の事なんて見えなくなってしまう。
「おーい!」
そう言って駆け寄ってきたあなたを、本当なら止めてしまいたい。「行かないで」って言いたい。でも・・・。
「お前だけだよ、見送り来てくれたの!ありがとな!」
そう言って笑いかけてくれるのは、あなたしかいないの。だから・・・。
「なに言ってるの!ほら、もう時間でしょ!」
そう言って私も笑う。
「まあ・・・、そうなんだけどさ・・・。」
そう言うと口ごもるあなた。
だめだよ、そんな態度とられたら、期待してしまう。
「ほら、早く行きな!帰ってくる時にまた出迎えするから。」
「分かった。ぜってー忘れんなよ!」
「はいはい、ほら、いってらっしゃい、がんばって!」
「おう、行ってくる!」
その背中を見ると、途端に辛さが襲ってくる。だめだよ、笑顔で送り出すんだって決めたんだから。
「いってらっしゃい・・・五紀。」
小さな呟きにも、あなたは、五紀は気付いてしまう。振り返った五紀の顔は、なんだか今にも泣きそうだったのに、すぐ笑顔になって言った。
「行って来る、ゆずり!」
「俺、好きな人が出来たんだ。」
そう言われたのは去年の夏祭りだった。
毎年五紀の家と、私の家で行く近所のお祭り。ただ、少し大きいお祭りだから私はすぐに迷子になって、そのたび五紀が迎えに来てくれた。
あの時も、そうだった。でも、もう少しで花火の時間になってしまうというタイミングで見つけられたから、その場で、2人きりで見たんだ。その時にはもう、私はとっくに五紀が好きで、2人きりなんてドキドキしてたな。そんな時に言われたんだ。
「へ、へー!そうなんだ!」
なんとか平静を保ったけど、心の中はパニックで、今にも泣きそうだった。
「そうそう、誰かは言えないんだけどさ。・・・お前には、分かっててほしくてさ。」
どういった意味だろうか?もしかして、ばれてたの?
「そっかー、告白は?するの?」
そんな思いを隠して、私は笑顔で聞く。
今にして思えば、こんな私の強がりを見抜けない人を、なんで好きになったんだろう?
「いやしない。俺、卒業したら留学するって言ってるだろ?」
「あ、そうだった!なーんだ、五紀もリア充になるのかなー、て期待してたのに~。」
「なんだよ、その言いぐさ。」
そう言って頭を叩かれた。いつもと同じ強さのはずなのに、いつもよりも少し痛い気がした。
「大体、ゆずりにはいねーの、好きな人?」
あんただよ!なんて言えれば楽なのに、言えない。
「ん?いないな~。」
「えー、まじかよ!いい男、紹介しようか?」
「結構です!」
そう言って叩く。そして、笑う。いつも通りのはずなのに、それはなんだか寂しく感じて、無意識のうちに言葉が出た。
「仕方ない、応援してあげるよ。五紀の夢と恋。」
何言ってるんだろ?応援するなんて、無理に決まってる。
「まじかよ!ありがとう、ゆずり。」
でも、そう言って喜ぶ顔を見ると、やっぱり応援したくなる。
だから、私は封印した。この時から、五紀への想いを。
卒業してから、私は小説家を目指した。高卒の小説家なんて甘いかも知れないけど、それでも出版社を巡って原稿を出しに行って、アルバイトをこなす日々はかなりきつかった。
ようやく連載が決まった頃、五紀から連絡がきた。
連絡と言っても携帯じゃ通信料がかかるから手紙だけど。内容はもうすぐ帰国する事。帰国したら電話する事。あと、最後にお祭りに行きたいと書いてあった。
実は五紀は下宿先のおばさんに気に入られて、しばらく向こうで通訳士のアルバイトをしていた。それが一段落つくから帰って来るのだという。だから、帰ってくるのは丁度お祭りの季節。
私は全ての内容に了解の意を伝えるために手紙を送った。返事はなかったけど、きっと届いてる。きっと読んでくれてる。そう思った。
数日後。今月は締切も余裕で仕上げて、編集さんからもOKが出たから家でゴロゴロしてると急に電話がなった。
「はい、もしもし。」
誰だろうと思って出ると、小さな笑い声。それから、懐かしい声。
『ただいま。』
「え、ま、まさか・・・!」
嬉し過ぎてそれ以上言葉が出なかった。
『はは、驚いてやんの!でも、もっと驚くと思うぜ。』
「な、何よ、別に、驚いてなんか、ないし!」
そう言ったのに、声がかなり震えてた。まずい、泣いてること、バレる。
『はいはい、相変わらず素直じゃねーな!・・・まあ、いいや。それより、ベランダから下覗いてみ?』
「へ?下?」
そう言われてベランダに出て下を見る。そして、今度こそ涙がこぼれ落ちた。だって、そこには、五紀がいるんだもん!
「・・・!五紀!」
『・・・降りて来いよ。今日、祭りの日だろ?』
そう言って電話は切られた。
そっか、今日って約束してたお祭りの日なんだ。
五紀が待ってるから、とりあえず可愛いワンピースに着替えて外に出る。すぐに五紀を見つけて駆け寄った。
「お、お待たせ・・・。」
ヤバい、対面しちゃうと、顔が真っ赤になる。
「・・・なんで顔赤いの?」
「う、そ、そんな事ないよ!ほら、早く行こ!」
そう言って私は五紀をせかした。
「お、おい!」
そう言って五紀が腕を掴んでくる。え?な、なんで?
「・・・まだ、時間あるだろ?その、ちょっとだけ話さねー?」
「う、うん。」
そう言って来たのは近くの公園。近くに子供が少ないから今は五紀と2人きり。
「・・・とりあえずさ、言いたい事だけ言わせてくれ。」
「え?」
言いたい事?なんだろう?気になるけど五紀が言いにくそうにしていた。
少しして、意を決したようにしっかり目を合わせられた。
「単刀直入に言う。お前が好きだ。」
「・・・!うそ・・・。」
え?だ、だって、五紀って他の人が好きなんじゃ・・・。
「うそじゃない、本当だ。留学する前からずっと。」
「え!」
私と、一緒。
「でも、自信なくて、だから、言えなかったんだ。」
もう、何も言えなかった。
「返事、いつでもいいから。」
そう言って立ち上がる五紀を、私は止めた。
「・・・ゆずり?」
「私も・・・。」
「え?」
声が小さくなって、しかも震えて、かなり聞こえにくくなってしまった。
「私も、五紀の事、ずっと、ずっと前から・・・。」
それ以上は言葉にならなかった。でも、五紀はそれだけで何を言いたいか分かってくれた。
「ほ、ほんとかよ?」
その言葉に頷く。その瞬間、強く抱きしめられる。
「やった、やった!良かった!一年間、頑張ったかいあった!」
すごく喜ぶ五紀に、私も現実なんだと思い、涙が出てきた。
「私も、待ったかいあった・・・!」
その後、2人で夏祭りに行って花火を見たんだ。ずっと一緒に。手を繋いだまま。
それは、これ以上ないくらい、幸せなものだった。
「ゆずりー?何見てんだ?」
そう言われて顔を上げる。そこには、あの日顔を真っ赤にして私に告白してくれた彼の姿。
「お、アルバムか。懐かしいな。」
「でしょ?棚の中整理してたら出てきて、ついみちゃったの。」
「見てるのはいいけど、あんまりゆっくりしてらんねーぞ。・・・明日は引っ越しだからな。」
そう、明日には私達は引っ越しをする。
「うん、大丈夫。棚は終わり。他にやるとこある?」
そう言って立ち上がろうとするけどふらついてしまう。とっさに五紀が支えてくれた。
「お、おい、大丈夫かよ!」
「うん、ありがとう。」
そう言ってるのに、五紀は放してくれない。
「そう言ってるけどお前、最近ろくに飯食ってねーだろ!食べてもすぐ吐いてるみたいだし、一回病院で見てもらった方が・・・。」
「あ、それは大丈夫。実はまだ、言ってなかったんだけど・・・」
そこからは、2人しかいないのに耳元で言った。
「ま、まじかよ!」
五紀が本当に驚いた顔で言うから、その顔が可愛くて、笑顔で頷く。そして、お腹をさすりながら言う。
「3ヶ月だって。」
そう言うと、五紀は思いっきり抱き付いてきて、耳元で「良かった」って繰り返した。
「内緒にしてて、ごめん。」
そう、本当はもう少し内緒にしておきかたった。でも、あまりにも心配されたから。言うことにした。五紀の優しさは私の決心をいつも揺らがせる。
「いいよ。だって俺、嬉しいもん。」
そう言うと五紀は顔を上げた。ゆっくり距離が近付いて、どちらともなくキスをした。
唇が離れると、五紀は恥ずかしそうにはにかんだ。
「・・・やっぱ、まだなれねーや。」
それは私も。でも、それは内緒。
「さて、それなら無理させらんねーな。後少しだし、やっとくから休んでろよ!」
「え?でも・・・。」
「だめ!もう、お前だけの身体じゃないんだからな!・・・ずっと前から。」
そう言うと、五紀にソファに座らせられる。
「ふふ、じゃあよろしく。」
「ああ!」
荷造りする五紀を見て、実はこっそり謝る。本当はもう一つ、隠し事があるから。
でも、絶対言わない。その代わり、これからの日々を大切に過ごすって決めたから。
「ありがとう、五紀。こんな私を、好きになってくれて。」
いつか、そう、伝えたいな。
悲しいような、嬉しいような・・・ 雪野 ゆずり @yuzuri
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