BE MY BABY! ーこどもフレンズー
ゆきまる
第1話 天使と小悪魔
「大将、失礼します。次の合戦について……」
オーロックスが頭を下げたまま、天守閣のふすまを開いた。
つねならば、落ち着いた声で返事が聞こえてくるのだが、その日ばかりは様子が違った。
「だー、だー……」
何やら怪しげなと言うか、可愛らしい声が耳に届く。
「し、失礼。まだお休みでしたか……」
あわてて顔を上げた。そこに見た不思議な光景。
いつもは城の
「え? あれ……。だ、だれ、この子?」
とまどうオーロックスの足元に、女の子がハイハイをしながらにじり寄る。
急いで腰を落とし、迎え入れるように手を伸ばした。
女の子は差し出された腕を頼りに、彼女の上半身に取り付く。
メスとしての本能がそうさせるのか、はかなげな存在が傷つかないようにやさしく抱き上げた。自然のうちに頭を撫でながら、主の見当たらない部屋の中を見渡す。
「大将、どこにいっちゃったんだろ? この子のことも聞きたいのに……」
「だぁっ! だぁっ!」
女の子は安心したのか、顔をオーロックスの胸にうずめて、うれしそうな声を上げている。
「ああ、よしよし……。ひとりで怖かったのか? もう、大丈夫だぞ。ふふ、かわいいな」
手のひらで背中をさすり、母親のようにあやしていく。
よくよく少女の姿をとらえると、ある違和感を覚えた。
小さな丸っこい手足。見慣れた服装。ふわふわのたてがみ。
そして、特徴的な尻尾……。導き出される答えは。
「た、大将っ! なんだって、こんな姿に?」
へいげんにその日、こどもライオンが爆誕した。
「——というわけで、しばらくの間、合戦は延期させてほしい」
竹林に囲まれた稽古場。ヘラジカ軍団が普段から本拠地としている場所であった。
トラブルの発生と事情を伝えるため、オーロックスはここに足を運んだ。
頭には小さくなったライオンが肩車の状態でつかまっている。
幼女は目の前にある髪の毛を何度も引っ張って遊んでいた。おかげでオーロックスの髪はメチャクチャである。
「まあ、そういうことなら、しょうがないよね……」
目の前の惨状を確認し、代表で応対したヘラジカ軍団のオオアルマジロがつぶやく。表情には憐れみの色が浮かんでいた。
「それにしたって、なんだってこんなことが……。いててっ! た、大将、あんまり強く引っ張っちゃ、ダメだって!」
「うわ、いたそ……。大丈夫?」
加減がきかない子供のイタズラに手を焼く親子。
一見すると微笑ましい光景についつい普段の抗争も忘れて、やさしく声をかける。
「見た目は小さいけど、力はいつも通りなんだよ。おかげで生傷が増える一方だ」
「ははは……。それは大変だねえ」
オーロックスの述懐にアルマジロが同情するような相槌をうった。
そのとき、相手の視線が自分の後方、稽古場の奥へ向けられたことに気づく。
「まあ、お互いにな……」
つられてアルマジロが後ろを振り向く。
そこには、こどもライオンと同じく小さくなったヘラジカがシロサイに肩車をされている姿があった。手には古紙を丸めた武器を持ち、勇ましげに振り上げている。
「ヘラジカ様。ほーら、たかい、たかーい!」
シロサイが楽しそうに、こどもヘラジカをあやしていた。
「一体、何があったんだ?」
「あんたたちと同じよ。朝、気づいたらヘラジカ様が子供になってた……。最初はみんなで相手をしていたけど、すぐにケガ人だらけになったわ。いまはシロサイが専属で子守りをしてる……」
「あー。あいつの全力を受け止められそうなのって、シロサイぐらいだよな」
実感を込めてオーロックスが語った。比較的、体格の良いメンバーがそろっているライオン陣営とは違い、ヘラジカ軍団ではシロサイのみが大型なのである。ひっきょう、手加減なしのヘラジカを止められるのは彼女しかいないという話である。
「とにかく、なんとかしないといけないな……」
遠くで動く小さなヘラジカを視界に映したこどもライオン。興奮を抑えきれず、急にオーロックスの上で暴れ始めた。そのせいで一層、髪がボサボサとなっていく。
「そうだね……。みんなに相談しよう」
見かねてアルマジロが提案する。
とにかく全員で知恵を出し合うことにした。
子供たちの世話をシロサイに委ね、全員で協議する。その結果がふたりを図書館に連れていき、博士たちの助言を受けるというものだった。
みなで知恵を出し合った結果がもっと賢い存在から知恵を授かるという結論。
人間もフレンズも大して変わりはない。
こうして、作戦は次なる段階へと進められていった。
ハシビロコウの体に二本のロープを結びつけ、先端をこどもたちにくくりつける。
途中で暴れたり手が滑っても絶対に落ちないよう万全の処置をほどこした。
少々、危険だが事態は一刻を争う。緊急にふたりを航空搬送によって図書館まで連れていくという算段だ。
「ハシビロコウさん、よろしくお願いいたします……」
別れを惜しむようにシロサイがふたりを託す。
ハシビロコウは黙ったまま大きくうなづいた。
両腕にこどもたちを抱え込み、ゆっくりと飛翔していく。
大空を飛ぶ浮遊感にライオンもヘラジカも大はしゃぎだった。
このあたりの決して臆さない性分は両雄とも生まれながらにして、王者の風格である。
みなが心配そうに見送る中、ハシビロコウはふたりを連れてジャパリ図書館へと進路を取った。
「それで、われわれに助けてほしいというわけですか……」
博士の言葉にハシビロコウが首を縦に動かす。
そのまわりでは、ふたりのこどもたちが珍しいもの見たさにあちこちへ行こうとしていた。しかし、
「まあ、それはいいとして、なぜ三人とも服が濡れているのですか?」
どことなく怪しい気配。博士のとなりにいた助手が怪訝そうな表情でうかがう。
「あの……。えっと、途中で、ふたりが
おそらくは、飛行によって高度が上がったことにより気温と気圧が低下したため、急速にもよおしてしまったのだろう。こどもには過酷な空の旅である。
「ふたりがどうしてこうなったのかは後で教えてあげます。ですが、先に外の水場で汚れを落としてくるのです。大切な本が汚されでもしたら問題ですから……。さいわい、カバンたちによってフレンズの服は着脱できることが判明したのです。さっさとキレイにしてくるといいです」
博士たちに言われ、むずがるふたりを引っ張って外に向かう。意外なことにリードで誘導すると力任せでなくても結構、簡単に連れ出すことができた。これも生き物としての習性であろうか?
水場で上着を脱ぎ、流水で汚れを落とした。
十分にすすいだところで水を切り、風通しの良い場所にさらしておく。
次はこどもたちの番であった。振り返ると、ふたりともハシビロコウの足元に近づいてきている。
「ま、まんまー……」
何かを訴えて両足に取り付く。
「ん? わ、わたしはママじゃないよ……」
じゃれるようにすがりつかれて別に悪い気はしない。むしろ保護欲をそそられてしまい、膝を折って視線を合わせた。
「まんまー! まんまー!」
ふたりはさらに強い力でハシビロコウの体にしがみついてきた。
こらえきれず、地面に横倒しとなる。
そこにのしかかってくる二頭のケダモノ……。
不意に気がついた。幼女たちが口にしている『まんま』とは、単に母親を呼ぶ声ではない。意図しているのは、『おなかが空いた』ということなのだ。
「ま、まって……。このままじゃ、動けないから」
逃げ出そうとするハシビロコウをガッチリと押さえつける。大型動物二体分の重量は到底、跳ね除けられるものではなかった。
「た、たべないで……」
恐怖に顔を引きつらせる。しかし、二頭はハシビロコウの胸に顔をうずめ、鼻先で何かを探るような動きをした。
「え? ちょ、ちょっと待って! い、いや、やめてえええええ!」
明るい日差しの下で少女の叫びにも似た声がこだまする。
つづく
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