探偵の登場

二〇一八年一月一〇日(その1)

 “彼”は、驚くと同時に申し訳が無かった。

 今は外出中だろうと思っていたが、その当人、中聖子陽子を事務所の前で発見するとは。

 陽子の視線の先を追えば、なるほど。彼女らしい。猫を追っているようだ。

 ハツラツと健康的に光る彼女の頑張る姿は、“彼”の心の中に深く長い影を落とした。

 これから彼女に何を押し付けようとしているのか、それを考えると自分がとても卑しい人間であると思わされるのだ。

 彼女には翼が生えているんだろうか、その軽やか翼に全てを乗せてしまうことを面と面を合わせて謝りたかった。

 しかしながら、そんな謝罪は許されるはずもなく、ただ全てを託すしかない。緑のフードを目深にかぶり、大きい身体を揺すって歩く。

「あれ、今の、“ハル”のコスプレじゃないか?」

「結構多いみたいよ、最近は」

 すれ違った学生が口々に云う。ハルのコスプレかな、でも今の男の人だったよね、と。

 “ハル”という名前が広がっている。そのことを国木優はどう思っていたのか、今となっては知る由は無い。

 このフードには前の持ち主の何かが残っており、その何かは呪文のように身体を地面に縛り付ける。国木優という人間が存在し、その人物が自分に関わったせいで絶命したという事実。

 どうしてこんなことになったのか、この服には死の臭いがこびりついている。紙袋の中に用意した依頼料は腕と地面をつなぐ鎖のように感じられた。

 “彼”が思うに、カネというものは人の命を吸っていく特性が有る。世の中に人間が増えると同時にカネという概念は増えて行く。

 元々、黄金と換えられるという意味から“金”という言葉が用いられる貨幣ではあるが、既に世界中の黄金よりもバンキングされているカネは多くなっている。

 それらは人間の命を吸い上げ、形と立体感を持っていき、様々な効力を発揮していく。今、“彼”の手の中の一千万円も例外ではないのかもしれない。

 “彼”がこのカネを手に入れた経緯を考えれば、このカネには命と一緒に夢や野心も含まれているのかもしれない。

 実際の重量は一キログラム少々のはずではあるが、血と汗の分だけは、間違いなく重くなっている。

 そんな重さを彼女に託すしかない。郵便ポストに押し込み、“彼”は叫びたい欲求を抑え付け、その場を後にした。

 なぜ人格交換というものが生まれたのか、そもそも人格とはなんなのか。

 “彼”は悩む。この悩んでいる精神が重くなっていることに気が付いた。きっとこの人格を吐き出したとき、この肉体は羽のように軽くなることだろう。

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