二〇一四年一一月二二日
二〇一四年 一一月二二日
【みんなの応援のおかげで私たち、ここまでこれました!】
【夢は! 信じ続けていればいつか叶うよ! みんなも輝けるよ!】
【聴いてください! “夢のトルネード”!】
国木優が小さいころにテレビのアイドルたちがそう歌っていた。
彼女たちのパワーは絶大で、夢を信じさせる立体感がテレビ越しに伝わり、国木優も本当に夢は叶うと信じていた。努力をすることが出来た。
もしもその言葉が無ければここまで頑張っては来れなかっただろう。あの歌が無ければ今がどうなっていたか、想像もできない。
今日が休日になった。
地方のローカル番組の出演がキャンセルされ、他のタレントが出ることになったらしい。
国木優は、十五歳の頃に芸能事務所にオーディションで加入、その後に四人グループでデビューするも二年で解散。同僚たち今は三人とも結婚して一般人になっている。
それでも国木優は、あの日の憧憬を今度は自分が子供たちに与えるため、与えられると己を磨き続けてきた。
二十八歳。幼少期にアイドルグループの『夢は叶う』という言葉を信じた。
二十八歳。オーディションを何件も受け、そしてデビューできた。伝説の始まりだと疑わなかった。
二十八歳。自分のできる苦労はなんでもした。信じ続けていた。輝けると思ってきた。
二十八歳。この歳になって気が付いてしまった。
甲子園に行ける高校は毎年五〇校だけ。プロ野球選手になれるのは年間で百人以下。その中でも沢村賞は年間でひとりかふたりだけ。三冠王は十年にひとりも出ない。
夢は信じ続けなければ叶わないが、信じても叶わない大多数の事実も存在する。
アパートの一室で彼女の信念に亀裂が入った。その亀裂は瞬く間に広がり、彼女の心を支えていた夢という大黒柱を倒してみせた。
「なんで、叶うって……云ったのに……!」
今までの自分が、月へ手が届くと信じる猿だった。ただ、それだけ。それだけの現実と年月が、彼女の夢を折った。
自分が憧れた十八歳で輝いていたアイドルたちの姿から一〇年遅れてもなお、咲けなかったという現実を発見してしまった。
なんということはない、国木優の夢は叶っていない。ただそれだけのことだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ゴメン、なさい……」
自分しか居ない部屋の中、泣きじゃくりながら彼女は謝り続けていた。誰にともなく嗚咽と共に。
両親は早くに亡くなって帰るところはここにしかない、応援してくれている友達に相談できることではない。
老いたとは思いたくないが、若さという井戸は目減りして干からび、ただセルフケアにかける時間だけが増えていく。
アイドルとしての選択肢が減っていくが、アイドル以外の選択肢は国木優の人生には存在していなかった。
それ以外にしたいこともない、見たいものもない、生き方がわからない。だって夢は叶うはずだったんだから。夢が叶うならば他の生き方なんて考える必要がなかったのだから。
ただ自分の中に何もないことに気が付いたとき、始まってすらいない国木優の人生は終わろうとしていた。
「武道館で……ライブできないんだぁ……」
嗚咽と共に何かが出ていく。
食事の仕方をまず忘れた。何日か経って空腹という感覚ももはや意味がない。
眠っているのか起きているのか、夢を失った今、何が現実なのかすら国木優には区別できない。。
このまま死体になるのだろうか、死体になって腐ったあとは粒子になって武道館まで風になって流れていけないだろうか。
熱気を伝える大気にくらい、なれないだろうか。
そんな妄想の中にいる中、ドアが開いた。天国のドアではなく安アパートのドアだ。
「何度か電話したんですがね……探しましたよ、あなたを」
国木優にとって見ず知らずの男が入ってきた。
未知道カンパニー社長の三毛正二、続いて嶋田九朗が入ってきた。
「アイドルになってくれませんか? 国木さん?」
天国の使いが来たと国木優は本気で思った。やはり夢は叶うのだ。疑ってごめんなさい、やっぱり私はアイドルになれるんだ。
「やります! やらせて下さい! よろしくお願いします!」
細かい事情も聞かないまま、アパートから引っ越し、事務所を通さずに仕事を始めた。
この後、動画配信サイトに“ハル”という名前のネットアイドルがデビューすることとなり、その曲は爆発的なアクセス数を刻んでいく。
―――そして、それが国木優の夢が叶ったということだったのか、そしてそれが幸せだったかどうか、誰にもわからない。
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