第5話 訪れる影
午後6時半
俺は帰宅して真っ先に制服を脱いでシャワーを浴びに行った。シャワーは体についた汗、泥、汚れを落すが忘れたい記憶までは洗い流してくれない。。俺はシャワーの温度を40まで上げて全身を綺麗に洗い流し、風呂から上がった。風呂に入ってからわずか15分もしないうちにカレーの匂いと熱い炊きたてご飯の匂いが部屋に充満していた。どうやらアルルはカレーを完璧に仕上げて盛り付けまで終わらせているようだ。
ガラガラ...
俺が風呂のドアを開ける音が聞こえ、アルルは、
「あ、旦那様、ご要望のカレー、できましたよ、早くお着替えになってリビングまでお越し下さい。」
流石はメイド、こんな短時間で料理を完成させるとは流石の手際の良さだ。というかいつも作んの早いんだけどな。
「了解〜すぐ行くよー」
俺はアルルにそう叫んで、すぐにジャージに着替えてリビングに向かった。テーブルをみると、カレーだけではなく、サラダにトマトスープに加え、アルル特製プリンまで用意されていた。アルルが夕飯を作るときはいつもパーティでもやるんですか?っていうくらい豪華だ。
「どうなされましたか?」
どうやら目の前の光景に思わず立ち止まっていたようだ。いつもながらアルルの料理お披露目には驚くしかない。
「いや、毎回すごいなって思って。」
「お褒めに預かり光栄です、旦那様。」
俺は椅子に腰をかけて早速、
「いただきます」
カレーをスプーンいっぱいになるように救い、口に頬張った。
「ど、、、うですか?」
「うん!美味い!美味しすぎる!」
妹のご飯が世界一であればアルルの飯は天下一だ。それほど上手い。先ほどまでの戦いの疲れが吹っ飛んだ。
「どうやって作ったの?教えてくんない?俺もこれくらい自分で作れるようになればな〜」
「本当ですか? 喜んで貰えて何よりですが、レシピは秘密です。」
アルルは右手の人差し指を口元まで寄せて、内緒と言わんばかりのポーズをとってみせた。
「ケチだなー。」
と言いつつも、ムシャムシャと俺はその天下一品のカレーを一口、二口とどんどん食べた。
「そんな顔しても、ダメでーす。あ、そろそろアルッシュくんと交換しないとですね。」
「アルルは食べないの?カレー。」
「私、あんまり食事をとることを必要としない悪魔ーといいますか、アルッシュくんが食べたものの栄養分を共有できますし。」
唐突に俺の知らない初耳学を口にし、アルルは続けた、
「アルッシュくんはいつも鏡の世界で一人寂しくしているんで、人間界に出てきてせめて私の料理を食べて日頃のストレスを少しでも癒して頂ければいいなと。それに料理って自分が作ったものを誰かに喜んで食べてもらうのであって、決して自分が自己満足のために作るんじゃないと私は思います。」
そんな優しい言葉を彼女は発した。
「おまえは三ツ星レストランの頑固シェフか。」
と俺が笑いながら言うとアルルは、
「私、と言いますかアルッシュくんもですが私たち学生時代にホテルで雇われた経験ならばありますよ?」
ごく一般的に過去話をするアルルに対し、ふと疑問に思った。
「あれ、、アルル、学生時代って、おまえ今何歳なの?」
アルルは口をポカンと数秒開けて黙り込んだあと、苦笑いしながら、
「今更何言ってるんですか?私とアルッシュくんは今年で確かーー、丁度460歳になりますよ?」
え?なんて言ったの、この子、この見た目で400歳越え???見た目若すぎにもほどがあるだろ。
「あ、そうでしたね、そういえば旦那様にまだ伝えてませんでしたね。私たち悪魔と天使は死ぬことがあっても老いにくいんですよ。」
「.....あーーーそうなんだ。」
てっきり俺と同じくらいの女の子かと思ってた...なんかちょっとガッカリだな...知らない方が良かった現実って正しくこのことを指すのだろうと俺は悟った。
「確かにアルルの言っていたことは共感できるけれども、やっぱご飯ってみんなで食卓を囲んで食べるものだと俺は思うな。自分が作ったご飯を誰かと一緒に食べて、雑談を交わす、それが食事の在り方だと俺は思うんだ。」
そう俺が言うとアルルは少し顔を赤めて、
「そ.......うですか。旦那様のお気持ちは伝わりました。でも食事はまたの機会にご一緒させて頂こうかと思います。」
そう言って早々とアルルは鏡を使ってアルッシュと入れ替わった。
「呼ばれていやいや出てきてジャジャジャーン」
「....んだその効果音は....」
思わず声が出てしまうほどの呆れた登場だった。
「いつも思うけどさーおまえいつも俺に冷たくないか?」
そう言いながらアルッシュは俺の真向かいの席に腰をかけてカレーを食べ始めた。
「おい、おまえ、いただきますは?」
アルッシュがいただきますを口にしなかったので、俺は顔をしかめた。
「は?この大天使ルシファーことアルッシュ様がこの世の全てを創り、命を宿してやってるのに何故俺がいただきますとかという、神を崇める儀式をやらねばならんのだ?」
「口を慎めこの駄天使、さっき食べ終わった俺のサラダの皿をおまえの顔面に貼りつけんぞ。」
俺はいつものようにアルッシュを脅した。
「毎度毎度、この俺を脅すなんていい度胸だなぁ!!!やれるもんならやってーー」
うざかったのでこいつが全文言い終わる前に投げてしまった。我ながらサラダの空き皿は見事にアルッシュの顔に直撃した。
「うぉぁぁぁぁなんてことをぉぉ!!俺のこのイケメン顔が台無しになるじゃないか!!」
「それ以上うるさくするようであれば俺の使いかけのフォークとスプーンもお見舞いするぞ?」
そう言われてアルッシュはようやく静かになった。
「.......わかったよ言えばいいんだろぅ?イタダキマス。」
アルッシュの言う儀式とやらを言わせるのに思ってたよりも時間がかかってきまった。そんな優れてて優秀な駄天使のまるでロボットのようなイタダキマスに思わずため息を吐いてしまった。いただきますをこんなに時間をかけて言うやつなんてこいつ以外は他にはいないのだろう。
「アルッシュ、早く食えよー?俺この後、妹を迎えに行かなきゃだから。」
「へいへい。」
と気のない声でそう言った。
それから20分ほどで俺とアルッシュは料理を平らげ、それからすぐに妹を迎えに行くため駅の方まで歩いて行った。夏の夜は午前とはまた違った蒸し暑さがありジメジメして、なんだか気持ち悪い。さっき風呂に入ったばかりなのに10分としないうちに汗が流れ出てきた。
「このクッソ暑いのに、よく妹なんて迎えに行けるなーー、アキラーたまに思うけどおまえまさかシスコンなんじゃないのか?」
口に左手を置いてプププっとアルッシュはニヤつきながら笑っていた。
「んなわけ、例えうちの妹がどんだけ完璧であろうと俺ら兄妹の間に*恋愛的な好き*が感情になるわけがない。なにせ兄妹だしな。」
「ちぇーつまんない兄妹だなー」
アルッシュは肩を落としてそう言った。
「ところでさアキラ、俺夕方におまえらがバトってたルニウェイって奴について、さっき飯食い終わってからちょっと調べてみたんだけどさー、あいつどうやら七つの大罪の貪欲を束ねている悪魔<ザルジーヌ・リヴァイアサン>の配下に属しているらしい。」
「じゃあ最近の悪魔取り憑きが増えてる問題の発端はそいつにあるってことか?」
俺が顔をアルッシュに寄せながら問いただした。
「いんや、確証はまだないがリヴァイアサンが指揮している可能性はある。証拠がないとまだ何も言えない。でも、今回のバトルで相手悪魔の貴重なデータはとれたぜー」
と言って彼は何処からともなくノートパソコンを取り出した。この際何処から取り出したのはそっとしておこう。
「ここの振幅部分を見て欲しい、普通の三流悪魔と今日のルニウェイの魔力発動値と消滅した時に起こった空間の歪みを表している。」
俺はノートパソコンの画面の抜きグラフの様なものを顔をしかめて眺めた。確かに、普通の悪魔と上級悪魔では空間の歪み方が違うがこれが一体何と関係しているのだろうかと疑問に思ったので率直に聞いてみた。
「で、この歪みの違いで何がわかるんだ?」
「はぁーーーこれだから学校成績が悪い奴は理解も乏しい。」
両手をやれやれみたいな感じなジェスチャーをしながらアルッシュは俺を嘲笑った。
こん野郎殴ってやろうかなと思ったが、アルッシュは説明を続けた、
「この歪みの違いで、わざわざ普通の悪魔感じ取って一人一人潰していくよりも上級悪魔のみを潰していけばそのうちそいつらを束ねている奴がそのうち顔を出すだろーが。」
「あーーーなる。確かにそうだな。おまえ案外頭良かったんだな〜いやぁー見直した見直した〜」イヤミでしかない俺の言葉に何故かアルッシュはポジティブに捉えて
「やっと俺の偉大さに気づいたか人間〜、俺を祀ってもいいんだぞ?」
そのウザさに思わず俺は、
「死ね」
と一言漏れてしまった。
俺とアルッシュはのこのこと地面を歩いていた。
まだ半分ほど道のりがある。車の操縦音と酔っ払い、そしてカップルの騒ぎ声が暑い夏の大気中を通じ、そこら中に響き渡っている。そんな中、俺らは気づいていなかったが、この時、何やら誰かがこちらを伺っている人影らしきものがあるような気がした。その影から発するオーラを何となく感で気づいて振り返ったが影が放つオーラと影自体は既に消滅していた。
「?」
と俺は振り返った時に思ったがあまり気を止めずにそのまま歩き続けた。すると、何故かいきなりアルッシュが語り始めた。
「なぁアキラ、知ってたか? 魔法と魔術はそもそも全くの別物なんだ。魔術というのは俺ら悪魔が使うもので、唱えた時に紋章の様なものが出てくる、それが魔術だ。 そして魔法というのは、かつて神と悪魔が戦った時、つまり<ラグナログ> の時代に神が悪魔に勝つために、人間に神が使う天術を教えた。それが後の魔法と呼ばれる物だ。この世界の書物やネットを通しても分かるように、人間界では魔法使いや魔女というものがいくつもの情報機関により語られている。これが魔法と魔術の始まりだ。今はどうにか保たれているこの三つの世界だが、もしアルルの言ってた通り、このまま誰かが悪質な悪魔を離し放題していれば、神々がそれを駆除する為に世界をまた昔のように混沌なる世界へと齎すのかも知れない。つまりはこの地球、いや3世界全てが滅亡してしまうかもしれない。だから俺らはそれを防ぐためにも、一刻も早く、この問題を解決しないとな。」
なにを話すと思いきや、アルッシュらしくないいい決心じゃないか。俺は無意識にふっと鼻で笑って
「だな。」
と彼に同意した。
もうすでに駅は目の前だ。遠くからだが、近いて行くにつれて妹の姿が徐々にはっきり見えてくる。
「おにぃちゃん、おっそーい5分も遅刻だよー?」
新学期早々、新品の教材が妹の肩がけ鞄にぎっしりと入ってると思われる、ぎっしりと膨らんだ学校指定カバンを右肩にかけ、帰りに買ったと思われる野菜と肉などがみっちり入った袋を立っているすぐ下のアスファルトの上に置いていて、ジトーっと俺を軽睨みをしていた。
「ほいほい悪かった悪かったー、ほれ、荷物全部俺にくれ。」
俺は妹のカバンを妹の肩から外し、俺の左肩にかけ、そばに置いてあるビニール袋も持ち上げて、家の方角へ歩き始めた。
それを見て妹もすぐ様俺に着いてきた。
「へへッ〜ありがと、おにぃちゃんっ。」
暑くて俺よりも疲れてるはずなのに、朝家で見た時と相変わらず変わらないその笑顔と服が揺れる度にまだ微かに香る花のような、ザ・女子のような香りは夜になった今になってなお健在だ。
「でもおにぃちゃん、いつもいつも遅刻してるけれどー本当に心から申し訳ないって思ってるのぉー?」
まだ俺の優しさと詫びに半信半疑に思っている妹は、両手を後ろに組み、伸ばして、相変わらず先ほどからジトーーっと俺の方を見てくる。
「なんだよー本当の本当だよ。そういえば今日の学校と演奏会どうだった?」
俺は話題を変えて、妹の半信半疑を忘れさせる作戦に出ることにした。
「演奏会はーー得意のヴェートーベンの月光を弾いてきたよ〜いやぁ〜〜今日は平日なのにお客さん沢山来ちゃっててアンコール求められちゃったから大変だったよ〜友達も見ててくれてて〜あ、そうそう、最近の演奏会なんてうちの学校の男子たちがハッピってゆーのかな?あんな感じの服を十数人で固まって応援してくれるの〜」
満点の笑顔で妹は言ったが、その男子たち、完全にうちの妹の非公式ファンクラブでも作ってるな。次、機会があったら注意しなくては.....
「妹よ、その男子達にはあんま近づくな? 聞くからに危なさそうな連中だからあんま関わるなよ?」
と俺が忠告すると妹は何のこと?と言わんばかりにキョトンとして首を傾げていた。
「??どゆうこと?おにぃちゃん?」
「あーうん、とりあえずそいつらとの関わりを極力下げるべきだと思う。。それだけだ。と言うかおまえよく大した練習もしてないのにあの曲を大勢の前で弾けたな。」
俺がそう驚くには訳があって、そもそも春自身、部活には入っていないものの、家事全般と今日のようなイベントを掛け持ちしてるため、日頃はあまり練習が出来ないのである。
「ごめんな、本当は俺も演奏会行きたかったんだけど、ちょっと色々用事があって、な。」
俺は妹と視線を少しそらしながら話した。
「いいよいいよ〜春、気にしてないから〜おにぃちゃんだって毎日聴こうと思えば、春の演奏を家で、しかも生演奏聴けるわけだしぃ〜」
妹はニヤリと俺を見ながらそう言った。
「あーそう聞いてよ〜中1の頃に仲が良かったりんちゃん覚えてる?今日初日早々に席替えしたんだけど〜りんちゃんの席が春の近くになって〜もう超嬉しい〜もうねテンションハイにウェ〜〜ィって感じ、略してハイウェイになったよ〜」
妹の言うハイウェイ感を両手をめいいっぱい大きく高く上げて表現していた。
こいつさっきまで演奏会してたのに疲れてないのか?
「でねでね〜始業式初日から転校生が来て〜しかも赤髪のイタリア人でオマケにイケメンなの〜あ、勿論、おにぃちゃんの方がかっこいいから嫉妬しないでね?私、おにぃちゃんに恋愛感情は全く抱いてないけど、おにぃちゃんより心の中がかっこいい人じゃないとやだから。」
妹の爽やかな笑顔とその一言でなんだか心を温かく且つ癒してくれた。こんなことを言ってくれる女子なんてこの先いるんだろうか...あぁー目から真珠が溢れ落ちそうだ。。
「名前はーえーっと何だっけなー忘れちゃったーー、今度分かったら教えてあげるね〜!」
「りょーかいりょーかいー」
時刻は8時半、行きに見かけたカップルや酔っ払いがまだあちらこちらで賑わっている。俺と妹はこんな風な日常会話を続けながら家へと戻った。だがこの時も黒い影が俺らの背後に付いていてた。しかし、誰もそれに気づくことはない。その影が後に、とてつもなく凶悪な悪魔だということは誰も知る由がなかった。暑い暑い夏はまだ始まったばかりだ。それは暗く、静寂に。そして永遠に。
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