芝を刈る

鳴原あきら

第1話 芝を刈る

 2011年から、芝を刈っている。


 家を建て替えるときに庭をつぶしてしまったため、庭代わりのルーフバルコニーがあるのだが、照り返しが強いため、真夏の部屋は地獄のように熱くなる。すだれを垂らせば日差しは防げるが、暑いのはどうしようもない。そこで考えたのは、植物を育てることだが、ゴーヤのようなものですっかり覆ってしまうと出入りができないし、洗濯物を干す時に邪魔になる。冬はともかく、普通の植物は、夏の暑さに耐えきれずに枯れてしまう。

 そこで私は、芝を買った。

 底の浅いプランターに植えられていて、設置して水と肥料をやればいいだけの簡単な芝である。そこそこ値段がするので、とりあえず、部屋の窓サイズの幅に30センチをかけたサイズになるよう、5つのプランターを買った。

 その頃、東日本大震災が発生し、購入後、私は製造元に「放射能対策はしてありましたか」と愚かな問い合わせをした。返答は無かった。

 マニュアル通りに水をやり、ホームセンターで購入した肥料をまいた。窒素・リン酸・カリの比率が同一のものだ。小学校の頃、植物に与える栄養素として理科で習ったな、と思ったが、何人かの若い人にきいてみると「知らない」という。NPK。もう、そんなものは教えないのかもしれないし、単に覚えていないのかもしれない。ある編集者は、源氏物語に出てくる「きぬぎぬ」を「そんな日本語があるのか」といったし、ある女子高校生は「干支なんて学校で習わない」といった。十干十二支は私の教科書には載っていた。反対に、今の歴史の教科書を開いても、なにがなんだかわからない気はしている。小説の資料として、去年、ざっと日本史のおさらいはしたけれども。


 芝の話である。


 芝は、おおざっぱに、二種類にわけられるらしい。

 高麗芝と西洋芝だ。

 西洋芝は一年中枯れない。つまり、ものすごく強い。だが、過酷な環境でも育つということは、常に刈っていなければならないということで、アメリカやカナダの小説を読むと、「芝刈りって大変だなあ」とため息をつくことしきりである。

 高麗芝は冬は枯れる。その間はあまりケアをしなくていい。夏の暑さをしのぐためなら、こちらの方がいいだろうと、高麗芝を選んだ。

 水やりはじょうろでいい。肥料は一ヶ月に一回程度でいい。


 つまり問題は芝刈りである。


 高麗芝とて、夏場は、一週間に一度は刈らないといけない。

 数センチ程度に短くしておかないと、健康を保てない。伸びすぎると変色する。枯れる。放置していて芝の成長点が高くなってしまうと、土を盛って、地面の高さをあげてやらないといけない。枯れた芝は取り除かないといけない。新しい芝が生えてこられなくなる。

 私が買ったプランターは、そういうことをほとんど考えなくてもいいはずだったのだが、追加で芝用の土も買った。水を強くあてすぎたり、枯れた芝をとったあとは、土の部分がえぐれて、そこは芝が生えなくなる。吸水性と保水性のいい土を盛って、グラウンドレベルを少しだけあげ、そこに肥料をまく。時に、肥料と水をまいてから「土が足りないな」と思って足してみたりする。購入時の宣伝文句のとおりの吸水性で、乾いた土がみるみる下の水を吸って、変色していくのが面白い。排水についてはプランターが優秀なので、毎日水やりをしても根腐れはしない。むしろ、日にあてない方が枯れる。


 一昨年の秋、家の壁を塗り替えることになり、バルコニーを覆うことになった。

 塗装作業の邪魔なので、芝は玄関の前に積み上げられた。

 その時、下敷きになったプランターの一つは、ほぼダメになった。

 これはもう復活しないな、と思いながら、バルコニーに並べ直し、比較的元気なプランターで挟み込むように並べ、肥料をいれた。


 半年後には、どのプランターがダメになったか、分からないようになった。

 強い。


 芝面積がさほどでないので、親が園芸店で買ってきた柴刈りばさみで刈る。

 去年は交通事故で腕を骨折して、身の回りのことさえまともにできない時期が続き、芝の手入れがロクにできなかった。今年こそダメだろうと思った。

 しかもハプニングが発生した。時々、近所の猫が芝の上に寝にきていたのは知っていたが、そこでテリトリーのあかしをやらかしてくれたのである。「共有部分として遊びにくるのはいいが、おまえの家じゃない!」と私は激怒した。いや、テリトリー外だからこその仕業かもしれないが、当然、そこの芝は枯れる。私は土と糞を取り除いて新しい土を入れ、芝の上に、猫が嫌うというミカンの皮をまき散らした。ミントのスプレーもまいた。古くなったミカンの皮を捨てて新しい物を足しながら、一ヶ月近く様子をみた。その後、粗相をされることはなくなった。だが、冬なので芝は枯れた。一週間に一度程度、休眠している根が死なないように水をやりながら、春を待った。

 しかし、事故の余波は予想より大きく、4月に入っても、芝の手入れができなかった。下旬もいい頃になって、私はようやくはさみをいれた。肥料をいれて、水をやった。今年はどうなるだろう。もともと、製造元のサイトも、永久に生えてくることを保証していない。だめになったら捨てるしかない。ただそれだけのことだ。


 実は、妹の部屋の窓の下に、ホームセンターで買った人工芝を広げてある。

 照り返しの対策というだけなら、これでもかまわない気もしている。

 その部屋で寝起きしていないので、効果のほどはわからないが。

 それでも、バルコニー全体を覆うなら、人工芝の方が安く、手入れいらずでいいのかもしれない。


 ただ、人工芝の周りに、黄砂がたまっているのが見える。

 スギ花粉の飛散が終わる頃、我が家には黄砂が飛んでくる。手すりを拭くとタオルが赤く汚れ、雨樋が詰まる。

 ここに本当に人工芝のマットをしきつめて、いいものだろうか。

 防犯面を考えると、全面に敷くのもどうかと思う。


 かくして私は、小さなプランターに水をやり続ける。


 今年も芝を、刈り続ける。






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