第13話 エピローグ 二 メッセージ

―第六章 手紙

 孝介に呼び出された麻衣は、○○公園へ向かう、支度を整えていた。

 『それにしても、孝介さんって誰だろう?

 …とりあえず、初対面の人と会うんだから、きちんとした格好、していかなくちゃ。』

麻衣はそう思い、しっかりした化粧に、よそ行きの服装で、家の近所にある、○○公園へ行こうとしていた。

 また、その日は雲一つない快晴で、冬の高度の低い太陽から、直射日光が差し込んでくる、そんな天気であった。

『今日は雪も降らないみたいだし、このままコート羽織って、行こうかな。』

麻衣は、化粧をした後そう思い、とりあえず傘は置いて、○○公園に向かった。

 そして、麻衣は○○公園に到着した。そこには、若い男性が1人、立っていた。

 「初めまして、鈴木麻衣さん。僕が孝介です。」

その男性は、麻衣の姿を見るなり、そう言った。

 『この人が、孝介さん…?

 でもこの人、迷うことなく、私に『鈴木麻衣さん』と声をかけた。

 ということは、この人は、私のことをよく知っている、ってことになる。

 それって…。』

麻衣は孝介を少し不審に思いながらも、その孝介の呼びかけに答えた。

 「初めまして。私が鈴木麻衣です。

 …あなたが、孝介さんですか?」

『でもこの人、悪い人には見えないな…。

 それに、どことなく、本当にどことなくだけど、健吾に似ている…、何か、そんな気がする。』

 麻衣は一瞬そう思ったが、初対面の人に、

『あなた、私の彼氏と似ています。』

と言うわけにもいかないので、その件は黙っておいた。

 すると、驚いたことに、

「いきなりで失礼ですが麻衣さん、あなた、僕のことを、

『誰かに似ている。』

って、思いましたね。

 さらに、その誰かとは…、

 あなたの彼氏の、河村健吾さんですね?」

 「えっ!?いったい、何のことでしょうか?」

麻衣は、孝介にそう言われ、跳び上がるほど驚いたが、そこは何とか、ごまかそうとした。

 「急にこんなこと言って、驚かしてしまいすみません。

 でも、ごまかさないでください。私は…、河村健吾さんのことも、よく知っている人間です。」

「えっ、健吾と知り合いなんですか?」

「いえ、知り合いではありません。健吾さんは僕のことは知りませんが、僕は健吾さんのことを、よく知っています。

 …ちょうど、麻衣さん、あなたと同じようにです。」

「…一体あなたは、誰なんですか?」

麻衣は、思った疑問を、率直に口にした。

 「そうですね。麻衣さんが不思議に思うのも、無理はありません。

 では今から、簡単に自己紹介を兼ねて、手品をします。」

 そう言って孝介は、ペンと原稿用紙、そして折りたたみ傘を2本、カバンの中から取り出した。

「あの、私の質問に答えて…」

「今からこの公園に、どしゃ降りの雨が降りますよ!」

麻衣の言葉を遮り、孝介がこう告げた。

「ちょ、ちょっと、無視しないでください。それに…、今日は雲1つない快晴ですよ。」

孝介はその言葉にも答えず、原稿用紙に、何かを書きだした。

 すると…、

 何と、麻衣と孝介がいる、○○公園の所だけ、雨雲が発生し、どしゃ降りの雨が降り出したのである。

 「えっ、そんな、はずは…。」

「麻衣さん、ほら、傘!」

麻衣は、孝介の言われるがままに、傘を受け取り、それを差した。

 「ど、どうして雨が…。」

「まあ、これから夏本番になると、こんな雨はよく降ります。」

「夏本番って、今は…正月前の冬ですよ。」

「でも、僕が住んでいる世界では、今は6月なんです。」

「はい!?」

麻衣は孝介から受け取った傘を差しながら、怪訝な表情をした。

 「さらに、麻衣さん、危ないですから僕から離れてください。ちょうど、僕と麻衣さんとの間に、稲妻が、落ちますから。」

「そ、そんなわけないじゃないですか!こんな、何もない所に、稲妻なんて…!」

 次の瞬間、

「ピカッ、ゴロゴロ…。」

孝介と麻衣との間に、稲妻が落ちた。

 その間も、孝介は、手持ちの原稿用紙に、何やら書いているらしい。―


 『ちょっと孝介先生、やりすぎじゃない?いくら自分の小説だからって、これじゃあ麻衣ちゃんがかわいそう…。』

舞は、自分以外誰もいない病室で、そう心の中で呟いた。

『でも、翔太、いや孝介先生がこう書くのには、何か理由があるのかな?』

舞はそうも思い、先を読み始めた。


 ―「あなた、もしかして、超能力者か何かですか?

 私、エスパーみたいなことは、信じるタイプではありませんが…。」

麻衣は、何とかこの状況を、整理しようとしていた。

 そして、麻衣は、声を絞り出して、孝介に質問したのである。

 「いえ、私は超能力者でも何でもありません。

 …その前に、この雨、そろそろ終わりにしましょうか。」

孝介は、再び原稿用紙に、何か書き始めた。すると、ざあざあ降っていた雨が、一気に止んだ。

 「…ちょっと待ってくださいよ…あなたが超能力者でない、ということは、その…あなたのペンか原稿用紙かに、魔法の力が込められている…とかですか?」

「さすが、素晴らしい観察力ですね。

 …でも、残念ながらそれも違います。

 今から、これらの種明かしをするので、よく聞いてくださいね。」

孝介は、雨が完全に上がった後、麻衣に語り始めた。

「まず、私の『孝介』という名前ですが、これはペンネームです。

 僕は本名は、『早野翔太』って言います。」

「早野、翔太…さん?」

「はい。

 それで、先程の不思議な出来事の件なんですが…。

 実はこの世界は、僕が書いた、小説の中の世界なんです。」

「は、はい?小説の中の…世界?」

「ええ、そうです。だから僕は、この世界では、雨を降らせることもできるし、雷を落とすこともできます。なぜなら…、この世界の作者は、僕ですから。

 一応、ここにペンと原稿用紙を用意していますが、これは、話を分かりやすくするためのものです。

 とりあえず、ここは小説の中である、ということを、僕は知って欲しかったんで。」

「…ということは、私、鈴木麻衣も、健吾も、あなたが作りだした…ってことですか?」

「そういうことになります。」

 「そ、そんなことって、あるんですか…!」

麻衣は、孝介に呼び出されていた。そして、麻衣は孝介の口から、にわかには信じられない、事実を告げられた。

 それは、「自分」とは何なのか、そして、人間とは何なのか、という問題を、つきつけられるような真実…。

 そして、自分が自分である意味を、改めて問うような真実…。

 麻衣は、その真実を目の当たりにし、ショックを抑えきれない。

 「じゃあ、私たちに、自由な意思は、ないってことですか?」

「そうは言ってません。

 …でも、その件は、申し訳ないですが後にしてください。」

 そして…。

「今日は麻衣さんに、お願いがあってここに来ました。」

 麻衣は、動揺を何とか抑えながら、孝介こと翔太に、質問を返した。

 「お願いって…、何ですか…?」

「実は、僕には彼女がいるんです。

 その彼女も、麻衣さんと同じ、『舞』という名前です。まあ、漢字は『舞う』という字を書くので、違うのですが。

 そして、僕の彼女、舞は今、脳腫瘍で入院していて、近々、手術を受けるんです。」

「それは…、大変ですね。

 その…、舞さんの脳腫瘍は、治る見込みはあるのですか?」

「ええ、医師の先生は、

 『幸い、腫瘍は良性です。』

と、言われていました。」

「なるほど。良かったです。

 それで、お願いって…何ですか?」

「そうですね。それを言わないといけないですね。

 僕のお願い、それは…、

 麻衣さんから、僕の彼女の舞宛に、手紙を書いて欲しいんです。」

「手紙を…書く?」

「はい。

 この小説、『マイ』は、もともと僕の彼女の、舞のために、書いたものなんです。それで、舞が喜ぶと思って…」

「ふざけないでください!私たちを、何だと思ってるんですか!」

孝介の発言に、麻衣は強く反発した。

 「私は、今まで、一生懸命生きてきたつもりです。それで、健吾と出会って、途中いろいろあったけど、今、幸せに暮らしてるんです。

 それを、途中から出てきて、

『あなたたちは自分の言いなりだ。』

みたいな言い草、あんまりです。

 とにかく、私はあなたの言いなりになんてなりません!」

麻衣は、自然に、声を荒らげていた。

「そ、そんなつもりはありませんが…。

 …失礼しました。そんな言い方では、納得はされませんね。」

孝介は、一瞬麻衣の気迫にたじろいだが、冷静さを取り戻し、こう言った。

 「先程、麻衣さんは僕に、

『じゃあ、私たちに、自由な意思は、ないってことですか?』

と、訊かれましたね。

 はっきり言っておきます。そんなことは、ありません。

 僕、今まで小説を何本か書いてきましたが、それで、分かったことがあるんです。それは、

 『小説の中の登場人物は、作者の思い通りになるものではない。なぜなら、その登場人物も、作者と同じように、小説の世界で、『生きて』いるからだ。』

ということです。

 確かに、始め、小説の世界を作る時は、作者である僕がメインになって、世界を構築したかもしれません。でも、それは最初だけの話です。

 その小説に、登場人物が出てきた時、その瞬間から、その登場人物たちは息を始めます。そして、時には作者の予想した展開を超えて、その登場人物たちは自由に動き回る、そんなこともあるんです。

 もう少し言うなら、自分以外の人間が、自分の中に住んでいる感覚、とでも言いましょうか。いえ、それは少し違いますね。作者がその作品を書いた瞬間から、その中の登場人物は、作者の元を離れますから。

 だから、たとえそれが小説の中でも、麻衣さんのような、その中の登場人物に、自由がないなんてことはありません。むしろ、こちらが驚くような動きを、あなたたちは作者に見せてくれることも、あるぐらいですから。

 そこで、手紙のお願いですが、

『自分の小説なんだから、自分で手紙を書くように、設定すればいいじゃん。』

と、思うかもしれません。でも、僕は、それは違うと思うんです。

 僕は、麻衣さんの自由な意思で、麻衣さん の言葉で、舞に手紙を書いて欲しいんです。

 一応付け加えですが、麻衣さん、あなたは舞にとって、間違いなく憧れの女性、理想の女性です。そんな麻衣さんから舞に、手紙を書いて欲しいんです。

 そうすれば、おそらく病室で、この本を読んでいるであろう舞も、喜ぶと思いますから。」

孝介は、麻衣に説明を終えた。麻衣は、少し考え込んでいるように、孝介には見受けられた。

 「あと、ここで、麻衣さんと少し話をしたい、ということで、ゲストを呼びます。

 …相川孝希さん、どうぞ。」

そう孝介が告げた瞬間、激しい稲光が、麻衣の前で起き、相川孝希が、現れた。

「お久しぶりです。麻衣さん。」

「お久しぶり…です。

 今日は、派手な登場なんですね。」

「すみません…ここが小説の中の世界、ってことを分かりやすくするため、このような方法をとりました。」

麻衣の言葉に、孝介は素早く反応した。

 「それで…孝希さん、話って、何ですか?」

「はい、麻衣さん。実は、ちょうど河村健吾さんに、僕が嘘をついて、健吾さんが麻衣さんに、

『別れよう。』

という内容の電話をした次の日、僕は通院をしたんです。

 そこで、僕は医者に告げられました。

 実は僕は、癌なんです。」

「えっ…癌!?

 その若さでですか?」

「はい。

 最初その診断結果を聞かされたとき、僕はそれを信じられませんでした。…いや、信じたくなかった、というのが本音でしょう。

 そして、僕は取り乱しました。それは、ひどい荒れようで…。その後、僕は人間不信になりました。

 そんな時、僕は孝介さんから、呼び出しを受けました。そして、この世界の本当の姿、この世界は、小説の世界なのだということを、その時僕は初めて聞かされました。

 最初僕は、麻衣さんと同じように、そのことが理解できなかった。

『俺に、自由な意思はねえのかよ!』

僕も孝介さんに、そう詰め寄りました。それに、

『俺を癌にしたのは、てめえか!』

とも、言ったのを覚えています。

 しかし、その後、孝介さんは、先程麻衣さんにも言われた、作者と登場人物との関係のこと、また孝介さんの身の回りのことなどを、僕に教えてくれました。

 そこで、孝介さん、いや翔太さんの彼女の、野村舞さんのことも、聞きました。

 舞さんは、脳腫瘍を患っている。僕も癌になっている。なぜかそこで僕は、舞さんにシンパシーを感じたんです。

 その後、僕は孝介さんから、麻衣さんと同じ、

『舞に手紙を書いて欲しい。』

という依頼を、受けました。最初はその返事をしなかった僕ですが、僕が診断を受けてから、そして孝介さんと会ってから数週間後の11月、僕は決心しました。

 『僕の、残り少ないかもしれないこの命を、無駄にしないよう、これから必死で、生きていこう。そして、孝介さんの依頼も、受けよう。』

 そして、僕は今までの、人に対する横柄な態度を改め、一人称も『僕』にして、人生をやり直そう、そう決めました。

 また、その時に僕が気になったのは、麻衣さんと、健吾さんのことでした。

『自分の嘘のせいで、麻衣さんと健吾さんが、離れ離れになっている…。』

そう思った僕は、麻衣さんに電話して、誤解を解こう、そう思いました。

 …こういった経緯で、僕は麻衣さんに改めて電話をしたんです。麻衣さん、僕が急に態度を変えたので、驚きませんでしたか?」

「はい、少し驚きました。」

「でしょうね。

 ちなみに僕は今、抗癌剤を使用しています。また、近々、手術も受ける予定です。

 何分、若年性の癌なので、進行も速く、完治するかどうかは分かりません。それに、死ぬのが怖くない、と言ったら、嘘になります。  

 でも、僕はこれから、しっかり前を向いて、生きていきたいと思います。

 ですから、麻衣さんも、これから、健吾さんとも仲良くして、前を向いて、生きてくださいね。

 では、迎えの車が到着したようなので、これで失礼します。」

 ○○公園に似つかわしくない、1台のリムジンが、公園の横の道路に止まった。それは、相川グループ自慢の、高級車であった。

 そして、相川孝希は、その車の後部座席に乗り込み、帰っていった。

 「帰り方は、登場の仕方と違って普通なんですね…。」

麻衣は、状況を頭の中で整理しながら、こうボソッと呟いた。

 「まあ、そうですね。

 手紙の件ですが、とにかく、1度よく考えてみてください。そして、麻衣さんの気持ちが固まったら、1週間後、またここに来てください。

 いい返事、待ってますから。」

こうして、孝介はその場を後にした。


 麻衣は、孝介が去った後、少し呆然としていたが、こうしていても仕方ない、と思い、家路に着いた。

 途中、どしゃ降りの雨もあったが、その日はやはり、雲一つない快晴であった。それは見事な冬の日和であったが、

『この景色も、全て作り物、小説の世界…。』

麻衣はそう考えてしまい、複雑な気分になった。

 そして、麻衣は家に着いた。家のキッチンや廊下、それに自分の部屋の鏡、化粧品、その他全てが、小説の中の世界のもの―。その事実は、麻衣に、小さな「絶望」を与えた。

 また、いやそれにも増して、麻衣の健吾に恋する気持ち、健吾に対する愛も、小説の中の、作りものなのかもしれない―。そのことは、麻衣の「絶望」を、さらに深くした。

 『でも、孝介さんは、

『あなたたちにも、自由な意思はある。』

というようなことを、言っていた。舞さんのこともあるし、その言葉に嘘はない…のかな?』

麻衣はこうも思い、とりあえず1週間、いろんなことについてよく考えよう、そう決めた。


 「孝介さん、約束通り、ここにもう1度来ました。」

1週間後、麻衣は孝介の元へ、来ていた。

「私、あれから色々考えました。そして、私の結論を出す前に…、孝介さんに確認したいことがあります。」

孝介も、1週間前と同じ、○○公園で、麻衣を待っていた。

「何でしょうか?」

「孝介さんは、前に、

『小説の中の登場人物にも、自由な意思はある。』

と、言われていましたね。

 その言葉に、嘘はありませんか?」

「はい、その通りです。

 全く嘘はありません。」

「…分かりました。

 …そして、これが私の出した結論です。

 …私は、孝介さんに、協力します。」

麻衣は、孝介にそう言った。

「えっ、本当ですか?ありがとうございます!」

孝介は、麻衣の申し出に、素直に感謝した。

「ここに、この1週間、私なりに、自分自身の言葉で書いた舞さんへの手紙があります。どうかこれを、舞さんに読んでもらってください。」

 「そうですか。

 正直、もしかしたら、この申し出、麻衣さんは受けてくれないんじゃないかと、思っていたんです。まあ、自分の小説でこう言うのも、何ですが…。

 すみません。余計なことを言いました。

 …この手紙は、まぎれもない、鈴木麻衣さん、あなたの手紙です。そして、僕はこれを、大切にします。

 孝希さんの手紙と一緒に、これを舞に読んでもらいます。」

孝介は、心底麻衣に感謝しながら、こう言った。

 「これで、僕の『孝介』としての役割、この小説『マイ』の作者としての役割は、終わりました。僕は今日から、どこにでもいる普通の大学生の、『早野翔太』に戻ります。

 そして、今度は麻衣さんや健吾さんたちが、この『マイ』の物語を、紡いでいく番です。

 これで、もう麻衣さんたちと、会うことはないでしょう。月並みな言葉ですが、これから、頑張ってください。僕と舞も、陰ながら、麻衣さんたちを、応援しますから。」

 「分かりました。ありがとうございます。それと、舞さんの手術が無事終わるよう、祈っておきます。」

麻衣はそう言い残し、孝介と別れた。その日も、空は雲一つない快晴で、またそれは、年が明けて間もない、1月の、寒い日の出来事であった。


 翔太は、自分の「孝介」という役割を終え、小説「マイ」の世界から、現実の世界に、戻って来ていた。「マイ」の中の季節は年明けの冬、そして現実世界の季節は初夏、ということもあり、翔太は、

『こんなに寒暖のある旅は、するもんじゃないな。』

と、1人、苦笑した。

 そして、翔太は、戻って来た自分の部屋の中で、自分のカバンの中に大切にしまっていた、2通の手紙を取り出した。

『舞、お待たせ。孝希さんと、麻衣さんからの、舞宛の手紙だよ。

 この2通の手紙が、しっかり舞のもとに、届きますように。』

翔太はそう願いを込め、机の上に、2通の手紙を広げた。


 ―相川孝希の手紙


 親愛なる野村舞さんへ

 初めまして、相川孝希です。舞さんは、この、小説「マイ」を、読んでくれているはずなので、僕がいかにダメな人間であったか、分かっているはずだと思います。

 そして、僕は癌になりました。僕の体は予断を許さない状況ですが、これから、治療を頑張っていきたいと思います。

 僕は手紙を書くのは苦手なので、この辺りで失礼します。最後になりますが、手術、頑張ってください。

 相川孝希―


 ―鈴木麻衣の手紙


 親愛なる野村舞さんへ

 初めまして、鈴木麻衣です。私、散々迷ったんですが、あなたに手紙を書くことに、決めました。これから、私の今の率直な思い、そして舞さんへ宛てたメッセージなどを、書いていきたいと思います。

 まず、私が孝介さんから、私たちの住んでいる世界の秘密を聞いてから、次に孝介さんに会うまでの1週間のことを、書きますね。 この間、私は本当に、落ち込みました。私という存在も、健吾への気持ちも、全部作りもので、嘘だったんだ、私はそうも思いました。

 そして私は、このことを健吾に、相談しました。すると健吾は、

『分かったよ、麻衣。話してくれてありがとう。

 確かにその件は、僕もショックだよ。でもね麻衣、こうも考えられないかな?

 僕が読んできた、フランス文学。そして、麻衣が好きな、イギリス文学。これらの作品は、ある特定の作者が、作りだしたものかもしれない。

 でも、そこにいる登場人物は、みんな、どこかで生きている、僕はそう思うんだ。それは、この世界ではないかもしれない。でも、ここではないどこかで、それらの登場人物は、間違いなく生きている…そんな気がしない?

 だから、僕たちに自由がない、なんてことはない。僕はこうして生きていて、麻衣のことが好きだ。僕はそれだけで十分、幸せだし、生きているって実感するよ。』

って、私に言ってくれました。

 それを聞いて、私は、なるほど、と思いました。健吾の説明、妙に説得力があるな。それに、とっても前向きだし…。私は健吾の言葉に、救われました。

 この辺り、健吾は冷静で、精神年齢も、私より高いのかもしれません。ああ、またしても私、健吾に負けちゃいましたね!

 それはさておき、健吾はこうも、言ってくれました。

『その…孝介さんは、孝介さんの彼女の、野村舞さんが病気で、その舞さんを励ますために、この小説『マイ』を書いたんだよね?

 それで、麻衣が孝介さんに、舞さん宛の手紙を書くよう、頼まれた。

 舞さん、近々脳腫瘍の、手術をするんだよね?

 だったら麻衣、孝介さんに協力してあげなよ。僕も、もし麻衣が病気になったりしたら、心配だよ。

 そう、誰だって、自分の愛する人が、病気になったら心配だから…。それは、みんなおんなじだから…。

 だから、僕がそう頼まれたら、孝介さんに、協力するけどね。』

 それを聞いて私は、心を決めました。そうだ。私たちには、自由な意思がある。そして、その自由な意思で、私は、孝介さんに、協力したい。

 もっと言えば、会ったこともない人だけど、私は舞さんの、力になりたい。

 私は心の底から、そう思いました。

 そして、私はこうして、あなたに手紙を書いています。

 舞さん、具合はどうですか?私が孝介さんと会ったあの日、もう少し、孝介さんに舞さんのことを聞いたのですが、腫瘍、良性だそうですね。とりあえず…良かったです。

 でも、私は今まで、大きな病気になったことはありませんが、舞さんの不安な気持ち、分かるような気がします…。いや、分かるって言っちゃったら、失礼かな?でも、それでもいい。私は、たとえ微力でも、舞さんの力に、なりたいんです!

 あと、孝介さんから、舞さんの憧れの女性は、間違いなく私だ、って、聞きました。それ、本当ですか?だとしたら…恐縮です。でも、舞さんがこんな私を見て、少しでも元気になってくれたら、私は本当に、嬉しいです。

 最後になりますが、手術、頑張ってください。私、自分の意思で、心から、応援しています。

 鈴木麻衣―


 『翔太、孝希さん、麻衣ちゃん、本当にありがとう…。』

舞は、病室で一気に、翔太の小説「マイ」を読み終えた。そんな舞の目には、うっすら、光るものが見えている。

 『孝希さんも最後はいい人になったし、麻衣ちゃんもかわいいし、健吾くんも一途で魅力的だし、本当に、この小説はいい小説だ。

 …ちょっと、ベタな展開の所もあるけど。』

舞は、翔太の小説を読み、素直に感動していた。

『何より、翔太が私のために、不慣れなラブストーリーを書いてくれたことが、嬉しい!』

舞は、心の中で、こう呟いた。

 そして…、

『うん?この原稿、もう1枚あるのかな?』

舞は、どうやらもう1枚の原稿を、読み忘れていたようである。そして、舞は翔太の小説「マイ」の、残りの1枚を、読み始めた。


 ―(鈴木麻衣からの手紙)

(親愛なる野村舞さんへ)

PS ところで、孝介さんの、詩のタイトル、あれ、どう思います?私、直接孝介さんから聞いたわけじゃないけど、あれには、メッセージが隠されているって、何度か孝介さんの手紙を読み返しているうちに、気づきました。

この詩のタイトルには、間違いなく、孝介さんから舞さんへの、メッセージが込められています。ヒントは…、詩のタイトルの、頭文字を、とってみてください。あと、お互いフランス好きの彼氏を持っているので…、メッセージに気づけると思います!

かく言う私も、健吾に確認したんですが…。

それでは、健吾と一緒に、舞さん、孝介さんの、ご多幸をお祈りしています。

鈴木麻衣―  ―終わり―


『翔太から私にメッセージ?』

舞は、麻衣からの手紙を全て読み、今までの原稿の、詩の部分を、チェックし始めた。

 『鳩と平和』

 『陽だまりの中で』

 『静けさの中で』

 『天に届く想い』

 『ルビーのネックレス』

これらの頭文字をとると…、

『は・ひ・し・て・る?どういう意味?』

 舞は一瞬不思議そうな表情をしたが、次の瞬間、とある記憶を、思い出した。

 それは、舞が翔太と出会って間もない、高校時代の記憶…。

 ~「でも、英語とフランス語って、例えばどんな所が違うの?本当に全然違うの?」

「そうだな…。まあ、どっちもヨーロッパ系の言語だから、似てる部分もあるけど、アルファベットの読み方が、違ったりするんだ。

 例えば、フランス語では、『h』は基本的に、読まないんだ。

 だから、『ha』は『あ』って読むんだ。

 英語では、もちろんハ行の『は』だけどね。」~

 ということは…

『ha,hi,shi,te,ru』

『あ・い・し・て・る』

『愛してる!』

 『バカじゃない、翔太…!

 でも、ありがとね。』

舞は、翔太のメッセージを読み取った。

 それは、舞の手術2日前の、出来事であった。

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