Chapter2
僕は真夏の太陽の下、頭を煮えたぎらせていた。
それは中学の同窓会、と言っても「夏休み遊ぼう!」ってだけの会。クラス全員参加ということで、僕には密かな楽しみがあった。
木ノ下絢が現れた瞬間、ノースリーブから無防備に飛び出す腕に目はもう釘付けで。
水色のワンピースがよく似合っていて、爽やかなのに甘い香りを放っている。
女子たちがその腕に絡みつき、脇腹を突いて笑いあっているのが心底羨ましく、また自分が男だということを恨めしく思った。
――あの中に混ざりたい。
日差しのせいか、僕の頭はドロドロに溶けたアイスのようだ。
「そういや、石野」
露出の多い女子の足元を見ながら、ふと思い出して口を開く。
「なんでお前、木ノ下をふったんだよ。勿体ない」
「あぁ、そんなこともあったなぁ」
石野は苦笑を返してきた。そして、黒縁のメガネをくいっと上げる。
「木ノ下は高嶺の花だから、かな。俺には不釣り合いだよ。そんな気がして、一気に冷めて。なんか違うなって思ったんだ」
「……馬鹿だねぇ、お前」
そう笑いつつ、少し石野の気持ちが分かるような。
以前、僕も木ノ下に告白したことがある。でも、それが恋愛感情だったかと問われれば首を傾げてしまう。
確かに勢いだったけど……どうしてあれから木ノ下と付き合うことが出来なかったんだろう?
目の前にいる木ノ下は以前よりも可愛い。触れたいし触れられたいし、小さく甘えた声で名前を呼んで欲しい。そんな願望が沸騰していく。
「木ノ下って、今付き合ってる人いるのかな〜」
口に出してみたら、周囲にいた全員がこちらを見た。
「何々? 上原、まさか絢狙い?」
「木ノ下さん、逃げろー」
「えー、でも気になる」
そんな声が広がり、僕は調子よく木ノ下の近くへと寄る。
「それで? どんな感じですか」
ふざけて訊くと、木ノ下は顔を赤らめて下を向いてしまった。
「……い、いません、よ」
——あぁ、これはまずいことしたかも。
周囲が勝手に盛り上がる中、僕はもう木ノ下から離れた。
それで終わるはずだった。わざと先に別れたのに、まさか帰りの電車が同じになるとは思わなくて。
空がオレンジと群青の縞模様を作っているこの時間。
僕は、ふわふわの髪の毛から垂れ下がる白いイヤホンのコードをなぞるように見つめていた。向かいの席。人もまばらで、木ノ下の隣にだって座れる。
それでも、帽子を目深に被って寝たふりをしていた。ただ少しだけ、つばから目を覗かせて。
——あ、やば……
思わず目を合わせてしまった。
気づいた木ノ下が小さく手を振ってくるので、もう無視はできない。僕はそろそろと近づいた。
「偶然、だね」
白々しい言葉に、木ノ下はぎこちなく笑う。
「上原くん、今日、楽しくなかった?」
「なんで」
つい、しらばっくれる。つり革二つを贅沢に使い、木ノ下を見下ろした。
「だって、ずっと石野くんと喋ってたし」
それは君に気まずい思いを抱いていたからだよ、なんて小説の一文みたいなものを頭に浮かべるも言えず。
僕を見上げる木ノ下は、困ったように眉を下げていた。
「あの、ね。びっくりして、ああ言っちゃって」
つっかえるように、ゆっくりと話してくれる。
「私、付き合ってる人はいないけど、上原くんなら——」
唇が動くも電車の揺れで、肝心の最後が分からない。
「え? 何?」
聞き返すと、木ノ下は両手で口を塞いだ。
「なんでもない」
そう言ってイヤホンを耳にくっつけると、もう僕の声を聞こうとはしなかった。
なんだろ、この逃げられた感。
あぁ、木ノ下のイヤホンになりたい。そんな思いが込み上げてしまい、隣に座った。
「木ノ下」
好きになってもいい? ダメならこっぴどくふって。
思っているくせに、僕はその腕に自分の腕を当てることすら出来ない。心臓がくすぐったくて、漠然とただ、好きだなと思ってしまう。
その時。木ノ下はふいに僕の耳元で囁いた。
あれから今日で丸一週間。
条件をクリアしないと、木ノ下は僕の前から姿を消してしまうらしい。
何度もチャンスはあった。でも出来なかった。だから今、木ノ下を待っているこの炎天下で頭を抱えている。もう最終日なのに——
「キスとかハードル高いよ……」
木ノ下はどうしてあんなことを言うんだろう。
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