雷撃の波紋
久麗ひらる
第1話 放電フィナーレ
その頃は両親との別れや生活環境の一変という、目まぐるしい日々にも終われている最中でもあった。
漠然と流れ続ける社会情勢と世間の荒波に揉まれても。如何に激流をやり過ごすかをだけ考え、己自身だけは見失わないようにと生きていた雑踏の街角で。ふと。己の身に起きていた何気ない変化が、普通ではなかったことを自覚した。
時折、指先が酷くかさかさとかさつき、ピリピリとこそばゆい感覚に陥るもので悩まされている症候の覚えもあった。それは重い物を持った後や、濡れた布を絞った際。疲れが溜まっている時や夜に眠る前など、一時的な感覚が時々ある程度。
幼少の頃から人一倍、静電気が起きやすい体質であると言われたこともある。よってずっと長い間、帯電しやすいタイプなのだとばかり思い込んでいた。
十本の指先に帯びる、ふわふわと浮いた感覚は次第にぞわぞわと。ひりひりジンジンといった何とも言えない発症になって一日中続くようになり。やがては手のひら全体へ広がったことで、何の病気であろうかとネットで検索する日々を迎えた。
しかし、どこにも似たような症例はなく、夕夜は途方に暮れていた。
「痛っ!」
日常生活において触れる、という行為に関する――例えばドアノブに触れるだとか、材質など関係なしに物を取る行動の動作において。素手で何かに触れようものなら、決まってバチリと小さな火花が散るようになっていた。
今もただ、学校へ通う為の鞄を手に取ろうとした瞬間。凄まじい摩擦の電気が指先を駆け抜け、発生した電荷の反動は己自身にも返ってくる。
よく、頭を激しくぶつけると星が飛んで見えたと言うが。夕夜の場合、静電気が起きる度に閃光のスターマインが全身を駆け抜け、身の毛もよだつ。
「何なんだよもう……」
夕夜は、熱く弾け飛ぶものを振り払うように手を振った。
外気の気温も天候も関係ない。冬であろうと夏であろうと、降り止まない雨の時期であろうと、雪の湿気があろうとなかろうと。摩擦発生の対象は何も対物に限ったことではなく。誰かに何かを手渡す時や、手と手が触れ合う可能性が多い、金銭のやり取りをする際にも手痛い火花放電が弾けてしまう。そこで実害がなければ良かった。
つい先日には、学校で教材を手渡してきた教員が軽い火傷を負うという事案が発生してしまったこともあり。夕夜は本腰を入れて対策を講じ始めた。
静電気防止用の手袋を着用し、放電を促すブレスレットにキーホルダーを身に着け、動くことで摩擦が起きて静電気となる帯電防止用のスプレーを服にも吹き付け、満を持した。しかしそのどれもが、期待したほどの効果を得られず結局、悩みは尽きていない。
学校関係者や世間からは放電マンと呼ばれ、歩く発電機、静電気マシーンと揶揄されながら夕夜の思春期が過ぎてゆく。
今日も今日とて手袋を装着し、ありとあらゆる静電気防止グッズを取り付けた気休め程度の完全武装で通学に挑む。
誰とも触れたくない。何とも触れ合いたくない。全ては彼を取り巻く静電気が、孤立という道を歩ませてしまう。
どうして僕だけ――。今日という日を迎えても、夕夜の心はそれで埋め尽くされていた。
乾燥の春も過ぎ、新緑が薫る五月の空は晴れていた。青きで広がる頭上には、ところどころに白い雲がぽつぽつと湧いている穏やかな朝であった。
夕夜は一人、最寄りの駅へと向かう人の波を大きく躱しながら、政治と経済の中心たる都会に背を向ける形の裏道を歩んでいた。
通勤、通学の流れで混雑する大通りを選ばない理由もただ一つ。人や物との接触を極力避けたいがために過ぎない。
寮を出てから十五分。通っている学校の一角が見えてきた、その時に。緊急を告げるサイレンが唸りを上げた。
地域全体に危険を知らせる発報は、低音から高音へと移る段階的音域を高らかにこだまさせながら大至急、最寄りの避難場所へ退避するよう指示を促している。
――逃げなければ! あれが来る!
夕夜もすぐさま判断を下す。一番近くにある頑丈な建物といえば学校しかなく、ただひたすらに校舎を目指すことした。そこへ行けば、きっと大丈夫だと信じて。
ところが。駆け出したその背を追うかのように、何か大きなものが弾けたらしく。襲い来る気配を感じた。
――まずい!
じりじりと焦げついてゆくような、嫌な予感も足の先から黒地の頭髪にまで駆け抜けた。
――飛ばされる!
本能的にそれを悟った次の瞬間には、痩せ細い小柄な体はふわりと宙を舞っていた。
吹き飛ばされた衝撃を和らげるべく、咄嗟に両腕で頭部を庇いながら地を転がったそこへ、凄まじい風圧を伴った爆音も遅れて届き、衝撃の襲来を受けた身も竦む。
――ここに居てはいけない!
一度は丸まった躯体を解き、地を這いつくばりながら再び駆け出そうとする間に、二度目の衝撃波が襲ってくる。
――こんな近くで!
連続で鋭くも発光した眩い閃光が視界に入って眩しく、目も眩んだ。なれど、ここでもたついていれば命がないことを、この時代に生きているものであれば誰もが知っている。
「くそったれ!」
夕夜の耳に、汚い言葉が届いた。いったい誰の声だろうか。
「ジル! 磁場が狂ってんぞ! 弾道軸が曲がる!」
男の声だ。誰かを呼んで、何かを必死に告げている。
「シット! 待て! 民間人だ! 逃げ遅れの民間人が――」
それは僕のことか――と思っても、夕夜は足を動かすことだけを考えていたのに。逃げ出す脚は一歩として動かなくなってしまった。
あともう少しの距離にあった学校を上から下へ。頑丈だったはずの建物を、宙より飛来した巨体が下敷きにしてしまい、校舎もろとも押しつぶしてしまった。それを至近距離から視認してしまった。
「嘘でしょ!?」
そんな――と思う間もなく、夕夜ただただ呆けて息を呑んだ。校舎の中に居た人たちはどうなった。今、目の前で起きた事態は夢か、幻か。否、押しつぶされた勢いで飛散してきた瓦礫の礫が襲い来ることで現実だと知らされる。間違いなく己はもう駄目だと目を瞑って力んだ、その刹那。
「伏せろ!」
誰かの大きな力によって、背後からのタックルを受けた夕夜は押し倒された。
「
先の男が怒号を上げて、また先とは違う誰かを呼んでいたことも間違いない。
なれど恐怖のあまり夕夜自身が、自覚のないまま。その体内に長く貯め込んでいた蓄電を一挙解放させてしまったのも相まって。偶然にも発生した雷撃の落雷が、これから人類を脅かすはずであった巨大な飛来生物に対して、一撃必中となるとどめの爆雷となり。生まれ育った惑星以外での繁殖を試みようとした思惑を、儚くも打ち砕く終焉の放電が生まれていた。
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