前夜

 チェコフの前に組んだ手には書状が握られている。急がず、僕の気持ちの整理がつくまで待ってくれているのだろう。

 そうだ。くよくよしていても仕方ない。戦うしかないなら早く終わらせよう。


「そうだ。チェコフさん。相手の情報って分かるの?」

「はい。作戦を立てられるほどの事は分かりませんが、名前と戦績は分かります」

 名前は書状に書いてあるんだよな。受け取った紙を開く。相手の名前は……。


「ミルフィーユ? これもどこかのお店の名前か」

「そうとは限りませんよ。コールサインかもしれませんので」

「コールサイン?」

「パイロットとしての呼び名ですね。ハンドルネームみたいなものです」

「え? じゃあ僕も名前変えてもよかったの?」

「ええ。……もしかして変えたかったのですか? てっきり興味は無いものかと」

 まあ、そうだな。最初に言われても何の事だか分からなかっただろうし。

「うん、別にいいや。人間かどうかは相手を見れば分かるか。でも知ってる人に似てるのはなんで?」

「それは旦那様のボキャブラリの問題ですので」

 そうなのか……。僕の想像力が乏しいのか。

「じゃあ、戦績は?」

「三勝で、全てサポーター『かな』をつけての勝利ですね。一貫して同じ機体を使用しています」

「誰かさんと大違いですね」

 ウミネコが意地悪っぽく言う。

「しかし同じサポーターを続けて使っているのは強みですね。一つの機体性能を熟知しているでしょう」

 む、むむ。そうか、ここまで来ると機体への慣れが明暗を分かつというのはあり得る話だ。

「しかし様々な機体を使いこなす臨機応変力には欠けているでしょう。決められた時間内での戦いにはそういう面も必要です」

 渋い顔になった僕をフォローするようにチェコフが言う。

「うん、そうだ。ありとあらゆる機体を使いこなしながら……、成長しながら戦っているんだ。それは重要な事なんだ」

 うんうんと納得したように言う僕を、ウミネコはじとーっとした目で見ている。


「それで、次のパートナーは誰になさるのですか?」

 う……、そうだ。

 アルカを見ると真っ直ぐ前を見たまま動かない。戦っていないから機体性能も分からない。事前に性能などは教えてもらえないんだ。ルールを破ればたちまちドカン。何より、傷心の彼女と一夜を伴にするほど僕は無神経ではない。


「ウミネコ」

 えっ? と驚いた顔をするウミネコを真っ直ぐに見る。

「最初のパートナーだしね。ここは君にお願いするよ」

「……だ、旦那さまぁぁ」

 と目をうるうるとさせる。

 他の子達は「仕方ない、ここは先輩の顔を立てるか」という様子だ。





 小屋の前に立つ。

 ウミネコは最初の時のように僕の後ろに立ち、胸を腕に押し付けるように立っている。

 足を踏み入れ、視界は小屋の中へと移る。

「うわっ、出たっ……」

 入るなり、顔に手を当てて上を向く。


 やや赤みがかった長い髪に黄色いワンピース。腕と足を組み、偉そうな態度で椅子に座っているが、異様に小さい体をしたその女の子は……。

「美久」

 実家で一緒に住んでいる。僕の妹だ。

「早く座んなさいよ!!」

 顔を手で押さえたまま立っている僕に美久が怒鳴る。家にいる時と同じだ。


 泣きそうな顔で椅子に座る。ついに自分の肉親と戦う時が来たか。本物の人間じゃないんならまだ気分が楽だろうと思っていたが……、そうくるのか。


 もう適当に、どうとでもしてくれ。早くここから出たい。

 だが、これから戦うのだ。一応相手のメイドを確認しておかねば。

 見るとそこには眼鏡をかけた猫耳、大きな猫の肉球手袋をした小さな女の子がいた。ふりふりで色鮮やかな、可愛いメイド服だ。体が小さいのに、胸が異様に大きい。

 妹を見た後でなければこっちに驚いていただろう。

 武器は……、鉤爪だろうか。まるで肉球手袋から爪が出ているかのようだ。一貫して同じメイドだと言うから多分これが『かな』だろう。

「何? あんたのメイド。地味ね。何の特徴もないじゃない。武器も斧? オーノー! ですかぁ? コロコロメイドを変えてた癖に、ずうっと同じ機体を使っている私に対抗して慌てて同じの使ってみたって事? バッカじゃないの? 今更真似してどうなるっていうのよ。結局男はただの助平なのよ。新しい子が出来る度にコロコロと乗り換えて、恥ずかしくないわけ? あんたなんかにウチの『かな』は渡さないわよ」

 耳を塞ぎたい……、ていうか誰かウミネコの耳を塞いでくれ。

 席を立つタイミングを逃し、相手が疲れるまで罵倒されたあげくにようやく解放された。

 なんで決闘は一分なのに、顔合わせには時間制限がないんだ……。


「さすがですわね。見事な心理戦でしたわ」

「……そ、そうだね。嫌な相手だよ」

「旦那さまがですよ。あれだけ喋らせて、相手が根負けするまでじっと動かないなんて中々できる事じゃありません。あちらさん、結構疲れてましたよ」

 何もできなかっただけだ……、こっちも疲れたよ。





 夕食とウミネコのドリンクを頂く。前と同じだ。

 やっぱり違う物も飲みたいな……。


 ウミネコの部屋に入る。ここも二度目だ。


「だ~んなさまっ!」

 と言って盆を出す。

「あ、うん。頂くよ」

 なんか凄く嬉しそうだ。

 リボンをほどくと、出てきたのはウミネコの肌のように真っ白なマシュマロ。

 それにとても柔らかそうだ。

 それを確かめるように指でそっと撫でてみる。


「そう言えば、ウミネコは『旦那様』だよね。普通は『ご主人様』なのに」

「ええ、お店の方針だったんです。古めかしいと言うか、本来メイドはそういうものなんだって、お店を作った人が」

 マシュマロの柔らかさを確かめるように、軽く揉んでみる。


「この戦いって、何なんだろうね」

「大昔からあるみたいですよ。ただ消えていくだけの力を集めて、一つの大きな力に変えるために……。誰が始めたのかはわたくしにも分かりませんけど」

 ある程度予想のついている事は話しても問題ないのか、ウミネコは僕の頭を撫でながら話す。

「昔は本当に馬に乗って闘ったらしいです。それが時代を経て、バイクだったり戦車だったり、その時々に変わるみたいです。チェコフさんが教えてくれました。騎馬と呼んだり、キーが武器になってたりするのは昔の名残りなんだそうです」

 ほんのり温かいマシュマロに口をつける。

「わたくしのような、力の無いお店が戦いに参加するためには、人間の力を借りなくてはなりません。本来人間が巻き込まれる事は珍しいんですよ」

「ウミネコはお店を再開するために、僕は現世に戻るために戦っているんだよね」

「ええ。でも本当は生き残る事ができれば、どんな願いでも叶うと言われています。集めた力の大きさにもよりますけど」

「そうなの? まあでも今の僕には、元の世界に戻る以上の願いはないし」

 それでメイドも自分の願いを優先させるために、あまりルールというかシステムについて語らないのか……。

「でも、ウミネコはどうしてそれを教えてくれるんだい?」

「旦那さまに何か願い事があるなら、叶えてもいいんですよ」

「ウミネコのお店はいいのかい?」

「それは……」

 ウミネコは顔を赤くして俯いてしまう。

「あ、あの。旦那さま?」

「ん?」

「わたくしの願いは、今叶えさせて頂けませんか?」

「何? 出来る事ならいいよ」

「きょ、恭助さんって、呼ばせさせて頂いても……よ、よろしいでしょうか」

「なんだそんな事? もちろんいいよ」

 今の言葉を言うのに全てを振り絞ってしまったのか、顔を真っ赤にして黙ってしまったので、マシュマロに顔を埋める。

 僕はそのまま眠ってしまった。

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