前夜
鈴々を伴って小屋へ行く。
中に入ると豪快そうな大男がどっしりと椅子に座っていた。
「がははは。君が次の対戦相手か。まあよく来た、ささ座りなさい」
「…………近藤さん?」
その男は、僕のバイト先の班長、近藤
という事はこの男もどこかの店舗の化身なのか。なぜ知人の顔になるんだろう?
本物の近藤はバイト組のリーダー。だが近藤自身はバイトではなく社員である。
「お互い、悔いのないよう正々堂々と戦おうじゃないか」
巨体に似あわず威圧感もない。気さくに手を出して来た。バイトの面接に来た時の事を思い出す。
「お互い、とんでもない事に巻き込まれたもんだなぁ。でもじたばたしても始まらない。逃げてもルール違反で消滅するだけだ。なら男らしく最期を飾ろう!」
出された手を握ろうと身を乗り出すと、近藤は「待った」というように手の平をかざす。
「おっと。すまんすまん、ここで対戦相手に触れる事は禁止だったな。つい癖で」
え? そうなんだ。ここにも例の電磁シールドが?
戦いの前に相手に攻撃しないようにするための配慮か。それをわざわざ教えてくれたんだ。
案外いい人なのかもしれない。本物の近藤はバイトに働かせるのに自分は何もしない。その癖、上には自分が一番の功労者のように報告する。はっきり言って嫌な上司。そのイメージとはえらい違いだ。
「それで。君の機体には、どんな武器を積んでいるんだい?」
え? でも……それは。
気さくに話しかけておいて相手の情報を引き出そうという作戦か?
「いやいや、それも聞かない方がいいか。どうせ本当かどうかも分からない。疑うくらいならキッパリ何も知らない方がいいだろう。それにその方が面白い」
と言って豪快に笑う。
確かにそうか。と一応気になるので相手のメイドを見てみる。
ふわふわのロングヘアーにおっとりした感じの大人っぽい女性。だが表情はまだ子供っぽい、汚れを知らない笑顔だ。ぽっちゃり系というほどではないが、全体的にふっくらとしている。
服は和服というほどではないが、和をイメージと言うか取り入れたと言うか、本格的な着物ではなく和服っぽい柄が描いてあるメイド服だ。
メイドの見た目から機体性能を予想するのは難しいが……、鈴々と同じように出した手を見る。
なんだ? あれは。刀?
ホラー映画でホッケーマスクを被った怪物が持っているような大きな鉈を、くの字に曲げたような……、とにかく僕は見た事もない。
ウミネコは斧を持っている。小回りが利き使い勝手も良い。そしてその一撃は強力。
風華は短剣。小さくて鋭く早い。力は弱いが伏兵として侮れない。
鈴々は槍。突くも薙ぐも引っ掛けるも有効な兵器の王。全方向、広範囲に対応できる。
メイドの持っている武器が機体性能を表している事は僕も薄々感づいている。
だが、この相手が持っている武器は知らない。
メイドの名は『カスミ』か。名前はあんまり参考にならないな……。
一通りの手続きを終了させて城への帰路に着く。
「ねぇ。相手の子が持っていた武器ってなんだい?」
と帰り道に鈴々に聞いてみる。
「さあ、ククリ刀? ですかネ」
と口に指を当てて首をかしげる。ルールで言えないというより本当に知らないようだ。でもククリトウってなんだ? カリントウの親戚か?
城に戻るといつものように食事が並べられているが、
「あれ? 少し豪華になってる」
チェコフを見ると満足げに微笑んでいる。テーブルや椅子も少しいい物に変わったようだ。鈴々の部屋の分大きくなっているし、城がレベルアップしたのかな。
鈴々のドリンク『紅爛』を頂く。これは、トマトジュースベースか? トマトは好きじゃないんだけど……、と思ったが甘い口当たりでとても飲みやすい。ドロドロ感も無くすっきりした飲み口だ。
鈴々の部屋は、割と想像通りである。
丸っこい人形やら、タペストリー、紐を並べたようなカーテン。普通にチャイナっぽい。なんかマッサージ屋さんに来たみたいだ。
「ご主人サマ、見た事アルヨ」
「本当? なんだろう? 鈴々のお店の名前って?」
「『鈴の音』デス」
チャイナ風のメイド喫茶には確かに行った事はある。随分前だが確かそんな名前だったかな。その時の事を鈴々は憶えているのだろうか。
「夜のスイーツどうしますか?」
「い、頂くよ」
鈴々の出した盆のリボンをほどくと、下から出てきたのは。
プリン? いや、ババロアかな。
ピンク色でとても弾力がある。やたらとツヤがあり、指でつつくとプルプルと震える。
「ご主人サマは、どうして生き残れてるんですか?」
「え? それは……。運かな」
「やっぱソウですよね。公平だといって詳しい事言えない。でも前のヒト、ヒコーキとかセントーキとか詳しかった。鈴々ラッキーだと思って話せる事ギリギリまで話したネ。でも……、そしたら」
そうだったんだ。一度に色々な事を詰め込まれてパンクしてしまったのだろう。まだ小さな子だったし。
ウミネコ達はあまり事情を話さないが、僕には勝ち残って貰わなくては困るのだ。きっと、話すべき事を選ぶのに神経を使っているのだろう。
ババロアの味を舌で確認する。
ストロベリーの様なチェリーの様な、甘くて少しすっぱい。酸味が味蕾を刺激し、甘さが鼻腔をくすぐる。
ディープキスをするように夢中で頬張っている内にいつの間にか眠りについたようだ。
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