第2話:自分が自分じゃないみたい

俺が「魔法使いになりたい!」とか言い始めたのはいつの頃だっただろうか。


俺は子供の時からアニメや漫画やゲームが大好きだった。


その主人公やヒロインのように魔法などの異能を持ち、様々な敵と戦う姿がたまらなく格好良くて、一時期厨二病になったこともある。


その夢が覚めたのは中学2年の頃だった。


その頃の俺は、眼帯をつけて右手の甲に油性マジックで魔法陣らしきものを書いた、まさに厨二病全開時代であった。


クラスに好きな女子がいて、どうしても付き合いたかった俺は勇気を出して告白した。


しかし、今の俺なら何でもできると思っていたバカは何を血迷ったか、


「お前を俺の嫁にしてやろう!光栄に思うが良い!」


と口走っていた。

答えは当然NO。それと、


「あんたみたいな常識知らずに好かれていたなんて気持ちが悪い!」


という言葉と全力のビンタを頂いた。


振られたショックと常識知らずという言葉がキーとなり、ようやく俺の思考は現実世界に戻ってきたのだ。


以上、俺の黒歴史である。


高校は中学の知り合いのいないところへ避難したため、これを知る者は高校にはいない。


今思い出しても布団にくるまって卒倒しそうなくらいに恥ずかしい。


それ以降、異世界の住人だとか、魔法だとかはあくまでフィクションのものであると考えることができるようになった。


(まあ、今となってはそんな夢物語、真剣に考えないようになるまで俺も成長したという事か)


「敬司ー」


(しかし、昨日拾ったゲームなかなか面白かったな。やり込み要素はたくさんありそうだ)


「おーい敬司ー?聞いてるかぁー?」


(まあ、今日交番に届けるわけだから2度とプレイすることはないだろうけど)


「おい!敬司!!!」


「うわ!どうした大沢!?」


「それはこっちのセリフだ!いくら呼んでも反応がなかったからな。もう一限始まりそうなのにどうした?」


「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてたんだ。おはよう」


「おう。おはよう」


いつの間にか、クラスメイトの大沢寛人が前の席に座っていた。

親友というほどではないが、この高校に転校してきてから初めてできた友達である。1年2年で同じクラスなので、放課後に二人で遊びに行くぐらいには仲がいい。

とてもフレンドリーな性格をしているので、男女共に人気はそこそこ高い。

朝は大体こうやって、一限開始まで前後の席で喋っているのだが、今日はいつもと違って、大沢はやたらニヤニヤしていた。


なんか、こう・・・気持ち悪い。


「大沢、何か嬉しいことでもあったのか?」


「え?何が?」


「いや、お前かなりニヤニヤしてるし」


「え?マジか!俺そんなニヤついてた?普通にしてるつもりだったんだけど」


「ああ、気持ち悪いくらいにな。で?何があった?あさいざらい話してもらおうか」


「いいぜ。別に隠す様なことではないしな。実は俺、昨日彼女できたんだ」


「はぁ?」


「だから、彼女。」


「まじで?」


「まじで」


「お前が?」


「そう。俺が」


「誰と?」


「昨日部活が終わって帰ろうとしたら、後輩の一年から呼び止められて、好きです付き合ってくださいって言われたんだ。一年の中でもかなり可愛い方で、性格も問題なし。即刻オッケーして付き合うことになりました!」


「爆発しろ」


「おい!そこはおめでとうだろ!」


「まじかー、とうとうお前に彼女ができたのかー。いや、いつかはできるだろうとは思ってたけど」


「いや、いきなりで本当驚いたよ。現実はラノベより奇なりっていうけど本当なのな」


「事実は小説よりも奇なり、な。まあ、とりあえずおめでとう。こんなはずじゃなかったって一週間ぐらいで終わらないよう気を付けな」


「不吉なことをいうな!」


「はいはい。おめでとさん」


「本当にそう思ってるか?」


「思ってるさ。そこそこな。」


「絶対祝う気ないだろ!」


俺はあえて冷静を保っていたが、実は内心結構荒れていた。


(大沢に彼女か・・・)


羨ましい。嗚呼羨ましい、羨ましい。


キーンコーンカーンコーン


大沢が叫んだとほぼ同時に、一限開始のチャイムが鳴った。今さっきまで俺たちと同じように喋っていた生徒たちがぞろぞろと席につき始める。


今日の一限は物理だ。

俺の成績は校内では下の上で、ほとんどの教科において定期テストでは赤点をギリギリ回避するぐらいである。唯一得意な英語は70ぐらいは取れるが、一番苦手なのが物理である。正直言って、今まで赤点を免れた試しがない。おかげで定期テスト後の長期休暇の最初の数日は、毎回物理の補習で潰れる。

俺にとっては憎き教科である。


一限から訳のわからない授業を聞かされるのかと思いきや、先生の口から衝撃の一言が放たれた。


「えー、今日は物理の今まで習った範囲の総復習を兼ねて、抜き打ちテストをします」


ピキン・・・


その瞬間、教室の空気が凍った。


(え?抜き打ちテスト?俺、全く勉強してないよ?)


徐々に氷が溶けていき、クラスの生徒たちが口々に騒ぎ出した。


「先生!そんなこと聞いてないですよ!」


「そりゃあ、抜き打ちだからな」


「全く勉強してないのにできるわけないじゃない!」


「日頃の予習復習は大事だぞ」


「そんなぁ・・・」


「点数取れるわけないじゃん・・・」


(あ、悪魔だ・・・悪魔がいる・・・)


終わった。これは確実に終わった。

ただでさえ定期テスト前で頑張って勉強してみても赤点なのに、ノー勉で抜き打ちなんてされたらどんなに悲惨な結果になることか。


そんな生徒たちの悲鳴を他所に、先生はテストのプリントを裏向きで配り始める。


プリントを配り終わり、先生が教卓に立つ。


「試験時間は40分なー。終わったら裏向きで前に回せよー。わかってると思うが、カンニングは禁止だからな。それじゃ、試験始め!」


プリントをを表向きにする。

仕方ない。赤点なのは確実だろうから、ここはできそうな問題を見極めて解いて少しでも点数を稼ごう。


大問1。


(良かった。簡単な問題だからこれなら完答できそうだ)


大問2。


(これも完答いけそうかな)


大問3。


(ちょっと難しいな。完答は厳しいかもだけど頑張るか)


大問4。


(あぁ、この問題か。かなり難しめだな。公式を一つでも忘れていたら解けないな)


大問5。


(かなりの難易度だ。特に最後が難しいから完答は不可能だろう。それ以外なら解ける。)


大問6は・・・・


(あれ?もう問題がない?)


問題用紙を裏返してみるが、白紙だった。


カンニングと間違えられない程度に周りを見渡してみると、みんな必死になって問題を解いていた。シャーペンのカツカツという音だけが聞こえてくる。


ふと教卓の後ろの時計を見てみると、試験開始から20分しか経っていなかった。


(え?20分!?)


ゴシゴシと目を擦って再度時計をみる。やっぱり20分しか経っていない。


(嘘だろ・・・?)


今まで問題がわからなすぎて解ける問題が無く、逆に時間が余ったことは多々あった。

しかし今回は明らかに違う。

すべての問題において完答、もしくはある程度解けた状態で、それでもなお時間が余ったのだ。


改めて、自分自身が書いた解答を見直してみた。前の自分では絶対書かなかったような記号や文字が羅列している。しかも、勉強した訳でもないのにそれら全てを「理解」していた。

自分が自分じゃないような気がして、とても不愉快な感覚と吐き気に襲われたが、なんとか耐えた。


「はい!試験終了!後ろから解答用紙を裏向きのまま前に回してくれ」


先生の試験終了宣言とともに、教室の緊張の糸が一気にほぐれた。生徒たちがざわざわと騒ぎ出し、

「この問題どう解いた?」

「大問5難しくなかった?」

などと答え合わせ的なことをし始めた。すると先生は自分に注目が行くようにパンパンと手を2回叩き、


「はい静かに!テストは終わったけど、まだ授業中だから私語は禁止だ。今回の抜き打ちテストは2年の他の理系クラスでも行われていて、レベルは定期テストと同じくらいに設定してある。難しいと思った人が多いだろう。特に大問5は難関国立大学の入試問題をそのまま使っている」


先生のカミングアウトにクラス中から「えー」「解ける訳ないじゃん」というブーイングの声が出てくる。


しかし、と先生。


「お前らは入試問題だから解ける訳がないと言い訳しているが、基本をしっかりと押さえていれば、あとは発想の転換で解ける問題だ。それと、いざ本番で解けなかった時に言い訳したって得点はもらえないんだぞ。理不尽だと思うならそれでいい。しかし、大学入試には理不尽が付き物ということをしっかりと肝に銘じておいて欲しい。夏休みを1ヶ月半後に控えた今、自分に何が足りないかを自覚するいい経験になってくれると嬉しい。」


ごもっともな意見に生徒たちはぐうの音も出なかった。


「まあ、難易度が高かったからな、平均点は定期テストと同じ5割ぐらいだろう。それと神田!」


「あ、は、はい!」


いきなり俺の名前を呼ばれたので驚いて少々どもってしまった。


「お前の点数には期待してるからな?あれほど私が口酸っぱく予習復習しろと言ったんだ。赤点はもちろん7割は超えていないと許さんぞ」


「わ、わかりました・・・」


これこそ理不尽だ。


俺の物理の成績が壊滅的なのは俺のクラスの常識だ。ざまあみろ、って感じで周りの何人かがクスクスと笑っていた。


大沢も笑っていた。お前は黙ってろ。


だか不思議と心配はなかった。テストは7割は確実に超えているという「自信」があったのだ。


その日の授業は全て真面目に受けた。

授業の何を聞いても理解できなかった以前の俺は退屈で仕方がなかった。しかし、次第に授業が理解できるようになり、楽しくなってきたのだ。今まで毎回の授業で額を机の上に乗せていびきをかいていた俺が、突然真面目にノートを取り出した光景は、先生たちには新鮮に映ったことだろう。


生憎午後は雨が降ってしまい、部活のテニスは中止となってしまった。やる事がなくなった俺はそのまま家に帰ることにした。


今更だが、家について自分の部屋に入った瞬間、交番にゲーム機を届けるはずだったのを思い出したが、雨の中家を出るのが億劫だったので後回しにした。

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