第27話「モーニング・ストライク」

 シイナ・日番谷ヒツガヤ・ラインスタインの衝撃の告白から、一週間。

 御実苗優輝オミナエユウキは以前と変わらず、シイナと付き合っていた。男女の仲にはまだまだ遠いが、男女だったり女男だったり、いわゆるどっちも彼氏でどっちも彼女な日々を満喫していた。

 他言無用のシイナの真実は、今も優輝の胸の奥に沈めてある。

 自分にだけ打ち明けてくれた、そのことが彼女にとって大事な事実だった。

 そして、学園生活の日々は今日も平和に過ぎようとしている。


「ふっふっふ、さあ来い……さぁ! 来ぉい!」


 朝の教室で腕組み仁王立ちなのは、雨宮千咲アマミヤチサキである。

 

 復活……雨宮千咲、復活ッッッッッッ!

 以前のスリムでメリハリのある、世界の全てが美少女と認めるヴィジュアルを取り戻していた。あのパッツンパッツンだった腹回りや太腿ふとももも、すらりとしている。腰のくびれも復活して、それは彼女の自信を取り戻させていた。

 微笑ほほえましいやら嬉しいやら、優輝も変な笑みが止まらない。

 そして、それは隣のシイナも一緒だった。


「ねね、優輝……千咲、元に戻ったね」

「ん、まあ。

「どうする、のかな?」

「どうするって……決まってるんじゃないかなあ」


 シイナは、優輝の言葉に「だよねっ」と嬉しそうに笑顔になった。

 そうこうしていると、他の生徒達も登校してくる。にわかに騒がしくなる教室内で、クラスメイト達が自然と囲むのは千咲だ。

 おりしも、今日は週初めの月曜日。

 土日のラストスパートで身体をしぼった千咲は、別人レベルにせていた。


「えー、ちょっとちょっとー! 千咲、痩せてない?」

「ってゆーか、よかったあ。わたし、心配してたんだよ?」

「そうそう、俺等だってさ。クラスのマドンナが変な病気じゃないかって」

露骨ろこつにおかしい太り方してたもんな」

「い、いや、雨宮さんは太ってなかった! 今までそう錯覚してただけで、今は正常に見える! ぼっ、ぼぼ、僕が言うんだから間違いない! だって僕、僕……」


 クラスメイト達が驚き、そして祝福してくれている。

 改めて優輝は、友人の千咲を見直したし、安心もした。

 そして、そんな彼女が親友でいてくれることが嬉しくなる。

 千咲は昔から、全校女子の憧れのプリンスである優輝の側にいた。親衛隊と呼ばれる女子達の隊長だったとか、そういう感じである。どこかはかなげな深窓しんそう令嬢れいじょうで、穏やかな優しい女の子……

 だが、ある日をさかいに変わった。

 そして、を出しても彼女は、優輝に対しての親しみをたがえなかった。

 驚く周囲の、その悲喜こもごもの感情さえ全て受け止め、持ち前の面の皮の厚さでラジカルに暮らしたのだ。それが結果、彼女の人気を不動のものにしていたのだった。


「ねね、優輝……今度、もっと千咲の話を聞きたいな。ボクが来る前の、千咲の話」


 教室の隅で、優輝をすぐ側で見上げてシイナが笑う。

 自然と優輝も笑顔が零れた。


「千咲ね、すっごい御嬢様キャラだったよ。そういうの、やってた。黒歴史? って言うよ、千咲。笑いながらさ」

「なにそれ見たい……ふふ、でもきっと、今の千咲の方が輝いてるかなぁ」

「だね」

「それに、優輝×千咲……リバあり、むしろ千咲×優輝、鬼畜攻きちくせめとか……あ、ボクそれ好きかも、って痛い! 優輝、痛いよぉ、ご、ごめん、許してぇ~」


 優輝は笑いながら、ハハハこやつめとシイナの頭をこぶしでぐりぐりする。

 でも、はにかむシイナの笑顔が今は嬉しい。

 彼氏彼女、恋人同士……でも、優輝はまだまだ女子高生だ。

 シイナだってそうである。

 社会的にはまだまだ子供で、背伸びする程に大人に憧れるが、大人の社会を全然知らない。煙草たばこも吸えない、お酒も飲めない、自分に責任が持てない世代だ。

 でも、だからこそ、曖昧あいまいな中で大事にしたいことがある。

 今という時でしか、確かめ合えない気持ちがあった。


「あ……優輝、どしよ……来たよ」

「えっ、わかるの?」

「だって……似た者同士だもん。ほら……いっつもイヤホンでアニソン聴きながら登校するから」


 シイナが教室の入口を見て、身を正した。

 運命と言う名の、特別な時間が訪れようとしていた。

 意外に耳がいいんだなと、変なことに驚きつつ……気付けば優輝も、変に緊張してしまう。

 教室の扉がガララと開かれ、一人の少年が顔を出した。


「おはようですぞ、デュフフ!」


 満面の笑みで現れたのは、柏木朔也カシワギサクヤだ。

 彼の登場に一瞬、教室が静まり返る。

 誰もが振り向いたが、一拍の間をおいて固まったあと……再び千咲の話題で盛り上がり始めた。

 そう、もはや誰も朔也にキャーキャー言ったりはしない。

 以前の熱狂は一時いっときのもので、その一瞬は過ぎ去ってしまったのだ。


「おお、優輝うじ! シイナ氏も。おはようですぞ!」

「朔也っ、おはよ! ……ねね、ちょっと待って。そこにいて」

「そうだよ、朔也。おはよう……ねえ、千咲! 朔也だけど」


 クラスのみんなと和気藹々わきあいあいとしていた千咲が、振り返った。

 だから、優輝は大きくうなずいてやる。

 シイナも、満面の笑みで拳に親指を立てていた。

 千咲は、今まで見たこともないような微笑みで、二人に頷きを返してくる。

 それは、いつもの強気で勝ち気な千咲ではなかった。

 まるでつぼみがさやめくような笑み……乙女の顔が、そこにはあった。


「ちょっちゴメーン! ……よっす、朔也。おはよ!」


 千咲が朔也の前に立つ。

 痩せた彼女の向こうに、その細いシルエットを縦横完全に包む朔也の輪郭があった。

 

 リバウンドだ。

 夏休みのバイト生活で得た、細マッチョの肉体は失われて久しい。そうなるともう、彼はただの太ったオタク少年である。誰も見向きもしなくなった。

 だが、朔也本人は変わらない。

 寄ってくる友人とは、親しく。

 去ってゆく友人は追わずに、見送る。

 そして、優輝とシイナにとってはずっと、気のいい友達だ。

 千咲もそうだ……以前は朔也と、友達だった。


「お? 千咲氏、おはようですぞ! ……な、なにか小生しょうせいの顔についてますかな?」

「ん、肉かな? あとは目と鼻と、口と、あと肉」

「肉って言ったね! 二度も言った! 親にも言われたこと……ありますな、デュフフ。小生、少しふくよかなぽっちゃりボーイでして」

「だね、ふふ」


 誰もが目を疑っただろう。

 逆に、優輝はその光景を当然のように見守る。

 そう、当然……当たり前のことだ。

 確かに容姿は大事だし、身だしなみや清潔感は気をつけるべきだろう。そういった意味では、朔也はああ見えて几帳面きちょうめんな男子だった。着衣の乱れもないし、髪もちょっとヘンチクリンな坊っちゃんカットだが、寝癖もちゃんと整えてある。

 少し狼狽うろたえたように、朔也は眼鏡を手を上下させていた。

 そんな彼に、千咲は真正面から……ニカリと白い歯を見せて笑った。

 恋する乙女の表情が、一転して悪戯いたずらっぽい笑みをかたどる。


「朔也さ、ちょっとアタシと付き合いなよ」


 直球勝負だった。

 それも、最短コースを最速で進む真っ直ぐなものだ。

 一瞬、教室が静まり返った。

 それがおかしくて、親友の勇気が愉快でたまらない優輝。自然と笑みが込み上げれば、隣のシイナも同じ顔をしていた。

 千咲は、朔也が好きなのだ。

 痩せてイケメンになった朔也に、れてしまったのだ。

 でも、その前から気心知れた友達だった。

 それが唐突に終わって、二人の立場は逆転した。

 激ヤセで女子の憧れの男子になった、朔也。

 夏休みの自堕落じだらく不摂生ふせっせいたたった、だらしない身体の千咲。

 二人はお互い、元に戻った。

 だが、千咲の気持ちは消えたりはしなかった。


「およよ? つまり……おお! 購買部ですかな? ではでは、買い物に付き合いますかな……グフフ」

「ちげーよ、もぉ……あのさ、朔也」

「ほいほい。何ですかな?」

「アタシ、朔也のこと好きみたい。アンタは?」


 静まり返った教室に、どよめきが連鎖する。

 誰もがささやきとつぶやきを広げて、互いの顔を見合わせるしかない。

 だが、周囲をもう千咲は気にしてなかった。

 優輝を慕う御嬢様な御令嬢……それはもう、過去の話。

 そして、変わった今の彼女には周囲のアレコレなど些末さまつなことだ。驚くクラスメイトも、目を丸くする友達も、親しい人であり日常の一部。まるで意に介さない。

 強いな、と思った。

 千咲は強いと思うと、優輝も不思議な嬉しさが込み上げる。

 朝の教室で朔也だけが、何度もまばたきしながら自分を指差し戸惑とまどっていた。

 だが、千咲がひじつつくと、彼もにんまりと笑う。


「困りましたな……小生、よめは『望郷悲恋ぼうきょうひれんエウロパヘヴン』のエウロパ他、ざっと八十人くらいいますが」

「このさい嫁はいーよ。アタシ、恋人枠? だから」

「ではでは……自分も気持ちは同じなので、放課後ゲーセンにでも寄りませぬか……ダンス、音ゲー、格ゲーでの三本勝負! ……勝った方が負けた方をデートに誘うってのは」

「ん、いいじゃん? それな! わはは、少し手加減しろよー!」


 バシバシと朔也を叩いて、千咲が笑顔をことさら眩しく輝かせた。

 周囲が唖然あぜんとする中、優輝の大好きな友人二人が、友達同士とは違う仲へと進み出した瞬間だった。

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