16.埋葬

語らなくてもいい

詩行の襖を縫った行間に埋められた

者は語られないことによって現れる

沈黙した

顔の見えない美しい少女が

竹林のむこうを掠めていった

猛るよりさきに燠になった

火が眼をとじるとき


もうわかってくれなくてもいい

と 沈黙は語る

無筆唖の言語学者は眠った夜


知らないままでもいい

詩行の衝立のむこうで縊死する詩人

腐れていくしびと


その日は雪が降って 誰も

自分のことで手一杯だった

雪が降って

街はしずかな夜だった

月が知られず竹林に射して

静謐な時間に顔のない少女の哄笑が

ひとり 詩行を横切っていった

かわいた室内で

まだ死んだ詩人よりほか読んだ者のない詩篇が燃える

静謐を

破りもできず燃えている


詩行列車に人びとの哀悼が殺到する

行間鉄路で轢死者相次ぎ

唐突の海岸にも打ち上げられた鯨

そのかたく 黒い皮膚

アスファルトを灼く中天の陽は

自ら周り 自ら焼いて すべてを昇華する

ああ もうどんな詩行も書き得ないと確信が語るとき

完全な沈黙が出現した

夜だ

砕け散った星空がある

言葉を失った詩人が地上で

星のまねごとをする

かなしい かなしい まねごとをする

蔓草に縛られて

恋人は北極に眠る

竹林を月光のなか蛇がいく

それは群成していく

かなしい かなしい 蛇がいく


蛇毒にもだえて行間をしびとはもだえる

そのように

終わりもなくもだえているのが

誰にも見える

見えることでしびとは孤独を完成するのだ

孤独はついに夜明けを失う

誰もが歌う夜明けの歌を聴きながら

しびとは眠る

その歌を作ったしびとは眠る

その歌は私が作った

と亡骸の空洞に気流が生じたことを

誰も聞き届けもせず

この歌は死んだあの詩人の作だと

声高に

しびとのない方角へ無闇に投げられながら

夜明けの歌はがらんどうに歌われる


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