キャメル

おイモ

キャメル

 桜並木の下でキャメルを吸っていた。バス停に並ぶ人々を見ていた。

 どうして僕は人なんだろうって考えていた。できることならカタツムリとして生まれたかった。

 タバコ税は年々上がっていくし、酒税も高くなるし、僕の生活はどんどん苦しくなる。

 はあ、全部爆発すればいいのに。みんないなくなればいいのに。僕も含めて。

 桜の花びらが髪に触れた。髪の毛が異物を感知して脳が嫌悪感を発するけれど、もうなんでもよかった。早く頭上で核爆弾が爆発してほしい。そんなことを思っていた。

 国が僕らを殺せばいいんだ。僕みたいな人間なんて社会に必要ない。僕らに一銭も投じなきゃいいんだ。早く殺せ。

 なんでキャメルなんか吸ってるんだ。なんで生きてるんだ。

 なんで通り魔は僕を襲わないんだ。どうしてテロは僕のそばで起きないんだ。

 僕には殺す価値もない。何かの犠牲になる意味も存在しない。

 絶望と失望と退屈と桜が舞っていた。バスが民を吐き出す。みんなイライラしている。その苛立ちは僕らに向けられるべきだ。彼らが僕らを殺すべきなんだ。彼らは僕らを殺してもいいんだ。彼らは僕らを殺す権利がある。その行き場のない苛立ちは僕らの死をもって帰結する。早く殺せ。

 なんでキャメルなんて吸ってるんだ。

 なんでキャメルなんて吸っているんだ。

 僕は生涯で犯した罪を考えた。何も出てこなかった。良いこともしなかったけれど悪いこともしなかった。どこかの偉い人が「素晴らしい!早く死ね!」とせせら笑うのを桜並木の下で聞いた。

 なんで僕が死ぬんだ?お前らはどうなんだ?お前らは僕が考えているように自分が死ぬべきだと考えないのか?どうして考えないんだ?ああ、お前らは僕じゃないんだな。ごめんよ、死ぬのは僕だ。そしてお前らは嬉々として殺すんだ。僕を。

 どうして僕は死ぬべき人間が他にいると思ったのだろうか。多分僕よりも堕落したやつらがいると信じているんだろうな。見知らぬ誰かを軽蔑しているんだ僕は。これは罪なんじゃないか?ああ、死ぬ意味が出来た。僕は罪人だ。殺せ。早く殺せ。

 キャメルは甘かった。苦かった。切ないくらいすぐに灰と化した。

 バスを待つ民はいなくなった。どんな車も姿を消した。静寂と死んだ花びらが僕を包んだ。

 



 気がつくと隣に裸のラクダがいた。

「あ〜くっさいなこの街の空気は」「砂漠って割とええとこなんかもしれんなあ」

 オールドジョーは虚無を咀嚼しながらブツブツと呟いていた。

「お前、おもろいヤツやなあ。日本がみんな鳥取砂丘みたいなってもええ思うとるやろ」「ワイはな鳥取砂丘知らんけどな、ええと思うで。こんなくっさい街かなわんわ」

 ムシャムシャしながらたまにすごく臭い唾をそばのグレーチングに向かって吐き出した。

「ワイお前のこと好きやねん。いつもキャメル吸ってくれとるからちゃうで?いや、いつもおおきに」「助かるでこのご時世、風味の変わりおったキャメル吸ってくれんのはお前くらいやで、ホンマおおきに」

 オールドジョーはぺこりと頭を下げてからまた唾を吐いた。

「とにかくな、ワイはお前の見てる世界が好きなんや」「なんかな、砂漠の香りがするんよ、お前の世界は」

 ラクダをこんな近くで見るのは初めてだったが、なんだか調子に乗った顔をしているなと思ってしまった。そして臭い。

「なあ、提案なんやけどな。ワイらラクダ組が本気出しよったら、この国全部砂に埋もれるで。ホンマに埋もれるで」

 オールドジョーはムシャムシャしながら僕を見つめていた。

「違うんだ。僕はこの国に殺されるのを望んでいるんだ。愛国心なんかからじゃない。憎いからだ。この国が、国民が。だけど彼らを殺そう、滅ぼそうなんて思わない。僕が殺されるべき存在だからだ」

 オールドジョーは背中のコブをブルブルと揺らしてまた唾を吐いた。

「ワイにはな、お前が愚かな存在に思えんのや。むしろバスを待つあの誰かと繋がっとらんと落ち着かん娘とかな、無駄なエネルギーを使うてまでへの字に眉を曲げよるあのおっさんとか、ああいう連中の方がずっと愚かと思うんよ。ちゃうか?」

 ムシャムシャ。ムシャムシャ。僕は黙って首を振った。

「そうか。しゃーないな」

 オールドジョーは桜並木を歩き出した。

「青年よ、絶望するでない。お前はこの街で唯一の砂漠の空気を吸いよる男なんや。負けるでない。すべてを砂が覆うまでな」




 オールドジョーは桜並木を十メートル程歩いてから振り返って言った。

「お前、キャメルから浮気したらあかんで」

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キャメル おイモ @hot_oimo

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