ぬめ短編~私こんなお話書いてます~

武石こう

中折れ式の花火 2017.4.23

 一発の銃声。一発の弾丸。一体の死体。一人の男。一人だけの親友。

 俺の手に握られているのは、一丁の回転式拳銃。それは目の前で倒れている、俺によって死体になってしまった親友のものだった。

 路地にこだました発砲音はすでにどこかへと消えたはずなのに、まだ耳の中で暴れている。硝煙のにおいもだ、鼻の中であちこちを刺してくる。

 しかしそれのおかげか、あいつの血のにおいはしなかった。むわあと漂っているはずなのに、俺の鼻は都合よく感じとれなくしていた。

 俺は躊躇なく引き金を引いたわけではなかった。俺はこいつを説得にしに来た、いや、それでも生き残れはしない、だから。


「なあ、俺と逃げないか?」


 この路地に呼び出して、俺とあいつは二人きり。


「は?」


 あいつはすべてがわかっているはずなのに、いつものように余裕しゃくしゃくで煙草に火を点けて味わう。吐く煙すらあいつの余裕を表しているかのようにゆらゆらと漂う。


「おいおい、お前はボスの命令を受けてオレを呼び出したんだろ? だのにそんなこと言っちゃうわけ?」

「ああ。俺たちは影の兄弟。日陰の道をずっと歩いてきた兄弟。どんなことだって二人でやってきて乗り越えてきたじゃないか」


 ずっと二人一緒だった。生まれてからの過酷な道、俺とあいつで上手くやってこれたのだ。この組織に入ることができたのだって。


「だから、二人なら逃げ切れる」


 あいつならばすぐに応えてくれると思った。


「いいや、やめとくわ」

「え?」


 いつもよりあいつは煙草を味わって吸っているようだった。一口一口の間隔がいつもより長い。適当に吸って適当に捨てるあいつらしくないことに、俺はまだ気づかなかった。


「いやあ、さすがに今回のは無理だわ。相手は組織、ボスだ。ずっとそこにいたんだ、相手の強さはよーくわかってる」

「強さがわかってるなら、なんであんなこと!?」


 ぐっと胸倉を掴んでしまっていた。みっともない表情をしていただろう。

 あいつはぽりぽりと頭をかいて、煙草をくわえたままに言った。


「いらついたんだよ、オレ自身にな。確かに良い暮らしはできるようになったさ。うまい飯、うまい酒、ふかふかのベッドに良い女たち。だがな、結局オレたちがやってることは、オレたちがやられてきたことなんだよ」


 吸い終わった煙草を手で握り潰し、その拳を俺に見せつける。


「オレたちは悪だ。生まれとか環境のせいにするのは簡単だけどよ、這い上がるのに色々やってきた。だがそれでも自分が憎むことと同じことをしちゃよ、やつらを認めちまうことになる」

「だがそれがこの組織だ」

「だから嫌になっちまったのさ」


 あいつが懐から一丁の回転式拳銃を出す。俺は咄嗟に撃たれるのかと思って身構えてしまうが、あいつはそんな俺の様子にくっくっくっと嫌らしく口を閉じながら肩を震わせた。


「見ろよ、弾は入ってねえ」


 中折れ式。キャッチバレルを押し、バレルに力を加えて中折れさせてシリンダーの後ろを見せつけてくる。すると言う通り、一発の弾丸も入っていなかった。

 今時このような骨董品を好んで使う、あいつのこういう趣味はわからなかった。リボルバーはわかるが、中折れ式は振出し式に比べて威力のある弾も使えない。手作業の部分も多くそのせいで品質のばらつきもある。

 それでもあいつは、ある一点だけでこれをとても好んでいた。


「花火みたいだろ? これがいいんだ」


 排莢するときにばっと飛び散る空薬莢。それをあいつは花火みたいだといつも無邪気に言っていた。


「さて、こいつの弾ももう一発しか残ってねえんだ。逃げる途中で結構使っちまってな、もう花火も打ち上げられねえ」


 最後の一発分、シリンダーを見ずとも装填する。


「ほらよ」


 詰め終えると、あいつは愛銃を俺に差し出してきた。俺はついそれを受け取ってしまう。


「撃てよ」

「え?」

「一発しかねえけど、なに、お前ならやれる」

「俺が撃つのか?」


 ぺしぺしと頬を軽く叩かれる。俺が迷ったりすると、いつもあいつはこうして気合を入れ直してくれた。


「おいおい、自分で自分を撃てって言うのか? お前は。ここまで付き合ってきてそれはないぜ。何、簡単だ。いつもと違って動きもしなければ怯えもしない。だのにボスへの手柄に違いない」


 俺は何発も人に向けて撃ってきた。その経験がある。しかし今はもう手が震えてしまってどうにもならない。


「逃げ続けるつもりなら、いくらお前からの呼び出しだからってのこのこと出てくるわけねえだろ?」


 あいつがぐっと拳銃を握り、自分の胸元に力強く押し当てる。ぐりっとこいつの肋骨の感覚が手にあって、俺はもうひどく情けない表情をしていたに違いない。

 それでもあいつは自分の命のことだというのに、優しく微笑みかけてまたぺしぺしと頬を軽く叩いた。

 するとあいつが幼い頃の姿に戻って、俺も同じことになった。


「影の兄弟なんだ、オレがお前の影になるだけだ。変わりはしねえ。ずっとお前の影としてそばにいてやるよ」


 俺はもう何も言えなかった。


「なあにお前はオレと違ってカッとしたりはしねえから、大丈夫だ。でも、自分が今やっていることを昔の自分にも言えるか? 誇れるか? それだけは忘れんなよ」


 ぎちりと撃鉄が引き起こされる。あいつがしていた。


「ほら、引くだけだ。はよやれ」


 引き金に指は掛けている。けれどどうしたってあいつを相手に引けるはずがなかった。ずっと一緒だったあいつに向かって、影の兄弟で親友にそんなことをすれば、二度と俺の隣にはいなくなるのだから。

 すっと、引き金に掛けていた人差し指に触れられた感覚。あいつの親指。


「まったく」


 ぐっと押し込まれてついに引き金が奥まで引かれた。


「そういうところが好きだけどよ」


 甲高い一発の銃声。銃弾は俺が気づいたときにはもうすでにバレルから飛び出していて、あいつの胸の、肉の中へとえぐり入ってしまっていた。回転はあいつの鍛え上げた胸板をいともたやすく食い散らかして、血を羽ばたかせた。

 反動にやられてあいつはどさりと受け身も取らずに倒れ、ひゅーひゅーとしばらく弱々しい呼吸音がしたあと、ぴくりとも動かなくなって死んだ。

 一発の銃声。一発の弾丸。一体の死体。一人の男。一人だけの親友。

 俺は恐る恐るあいつの首元を触り、もう脈がないことをはっきりとわかってしまった。俺があいつを殺してしまったのだと。

 震える手で拳銃を中折って排莢する。一発だけだが、ぴんと空薬莢が空中に飛んで小さな花火になった。その光が俺の目にはとてもまぶしく、焼けるように痛くて眩んでしまう。

 しばらくして目が使えるようになったときでも、あいつの死体はそこにあった。動いたりはしなかった。そしていつの間にか駆けつけていた組織のやつらが近くに寄ってきていた。

 やつらは俺を心配してくれていたが、あいつのことはもはや物のようにしか扱わなかった。あいつの世話になった者もいるというのに、やつらはそんな風に扱った。

 奥歯をぐっと噛み締めて、俺はあいつの愛銃の中折れ式回転式拳銃を握った。俺は自分の拳銃を置いてきたから、こいつしか今手持ちにない。しかし弾はあいつを撃った一発しかなかったから、目の前にいるこいつらへ撃つことはできなかった。


「自分が今やっていることを昔の自分にも言えるか? 誇れるか? それだけは忘れんなよ」


 あれからあいつの言葉が何度も何度も、それから何度も何度も起きていても寝ていても反響し続けてひどく辛かったがしかし。

 俺もまた影の兄弟。そしてあいつは俺によって俺の影になった。

 あいつはいつもそばにいる。二人ならばどんなことも乗り越えられる。

 だから俺はあいつと同じことをすると決めた。


 2017 4 23

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