第二章 第一話 恋するアイドル

第二章 恋するアイドル


この部屋にあるもの。ソファー、ソファーの前に小さなテーブル、斜め向かいにテレビ、奥にデスク。それだけ。仲上と長谷川は、そののうちの二つ。テレビとソファーを利用していた。仲上はソファーに前のめりに座り、熱心にテレビを。その隣で長谷川は、静かに腰掛け、膝の上にタマ吉を乗せて撫でていた。決して綺麗でも、裕福でもない探偵事務所に珍しく和やかな空気が流れる時間であった。

「仲上さん、さっきからなにを見ているんですか?」

不要な質問であった。仲上の隣に座っているのだから、何を見ているのかわかっているし、それを前のめりに見ている仲上を見ていれば、熱中しているのは一目瞭然だ。しかし会えて長谷川はこの質問を仲上にぶつけてみた。

「なにって、佐久良涙{さくらるい}ちゃんだよ」

「誰ですか?」

発言した後で気が付いた。言ってはいけなかったと。仲上とて無知ではない。芸能人の名前くらいは頭に入っている。本当に気になっていれば自分で調べるし、気になっていなければそのまま放置していた。ただふいに出てしまった言葉にただ後悔した。

「マモル、知らないのか!今超絶人気の中学生アイドル涙姫こと佐久良涙ちゃんだよ!短髪でハスキーな声を持ちながらも、その抜群のルックスと歌声で思春期の女の子が抱える恋の悩みなどを見事に歌い上げていて、ぺけぺけぺけぺk」


 一時間後、仲上はまだ語っていた。長谷川は相槌をしながらも、目は虚ろとなり、意識は遠のいていくばかり。ここままでは耐えかねないと思っていたころ、扉がノックされた。

「トントン」

扉お開けて人が入ってきた。それは仲上の話を止める最善の出来事のように思われたが、まったく効果がなかった。むしろ仲上を、ハイテンションにさせるものとなった。そして二人は中に入ってきた人物を見て目を丸くした。佐久良涙であった。


空気が止まった。まるで雨上がりの夜明けのように。

「すいません、こちらは仲上探偵事務所でよかったですか?」

「はい」

響く声。この事務所が彼女のために用意されたステージのように感じる。

「座ってもいいですか?」

「はい」

ゆっくりと歩き、仲上の前に座った。歩き方にさえ貫録と愛らしさを感じる。流石アイドルと言わざる負えない。

「あのー、お仕事を依頼したいんですけど?」

「ありがとうございます」

答えているのは仲上だが、彼女から目を離すことを全くしない。同様に長谷川も。

「マモル。お前対人恐怖症だろぉ。なんでにげないぃ」

「仲上さぁん、僕は年下は大丈夫ですぅ」

言うまでもなく、二人の会話は虚ろである。しかしそうならざる負えないのは周知の事実だろう。先程まで話題になっていた人物。それも芸能人が、自らのもとに現れ、あろうことか仕事の依頼をしてきたのだから。

「マモルぅ、俺を殴れぇ」

「いいんですかぁ。いままでのうっぷん全てを込めますよぉ」

「むしろそっちの方が意識がはっきりするってもんだぁ。こぉーい」

「いきますよぉ」

バキッ

パンチにしては鈍すぎる音が仲上の頬に響いた。気がつけば、そのとき既にタマ吉は移動をして、長谷川のパンチを拒むものは何もなかった。

「ぐぁあ、いてえぇ」

仲上としても想像以上のものが来たので準備しきれなかったのであろう。少し硬直した。

「よし、お客様、どんなご依頼でございましょうか?」

明らかにその声は裏返っていた。

続く


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