第4話 夕焼け染めるレモネード

 夕焼け染まる道を、長く伸びた影が二つ並んでゆっくりと進んでいく。

「ねえ、梨奈ちゃん。何かあった?」

「どうして? 何もないよ」

「そう? 今日はいつもと何か違うような気がしたんだけどな」

 陽子は前を向いたまま、柔らかい口調で話す。私は陽子に今の感情や思っていることを勘付かんづかれたくなくて――。

「そんなことよりも陽子。いつもあそこの窓際に座って描いてるの?」

「えっ? うん。雨の日とか以外は」

 陽子は突然話が変わったことで驚いたような顔を向ける。

「なになに? そんなにいつもグラウンドの方を見てたかったの? あそこから何を見てたのかなー?」

 陽子の前に回りこみ、後ろ向きに歩きながらわざとらしくたずねる。そして、私はもう少しだけ踏み込んでみる。

「もしかして、涼太のいる野球部……かな?」

 少しの沈黙の後、陽子は真っ直ぐに私の目を見つめる。

「……うん……あと、梨奈ちゃんのいる陸上部も、だよ」

 私の意地悪いじわるな質問に陽子は照れたような笑顔で答える。私は思わず立ち止まり、陽子も私に合わせて足を止める。

「二人のがんばっている姿を見てるとね、私もがんばるぞって気持ちになるんだ」

 陽子の言葉になんだかとても恥ずかしくなってくる。陽子の素直な言葉と、意地の悪い質問をした自分自身に。

 陽子の言っていることは多分本当で、私が気付いた陽子の想いもまた――。



「ねえ、梨奈ちゃん。ちょっと寄っていこうよ」

 陽子が足元の道路が石畳いしだたみに変わる少し手前にある店を指差しながら提案する。その店は、小さい頃から駄菓子だがしや飲み物を買ったり、おつかいで来ている個人商店で。

 私は陽子の提案にうなずき、並んで店に入る。

「いらっしゃい。梨奈ちゃんに陽子ちゃん。今、帰り?」

と、店のおばさんに声を掛けられる。いつも気さくでこんな感じに常連客じょうれんきゃく――特に子供には優しい笑顔と共に声を掛けてくる。誰に対しても明るく楽しい人で、買い物客と長話をしているのをよく見かけている。しかし、今は他に客はいなかった。

「おばさん。こんにちわー。今帰りだよ」

 私が返事をする横で陽子は隣で小さく頭を下げて挨拶あいさつする。

「そうなんだ。二人ともおかえりなさい。ゆっくり見ていってね」

「はーい」

 私と陽子はドリンクコーナーに足を運ぶ。ガラスの引き戸の前でどれにしようかと目をさまよわせる横で、陽子は炭酸飲料の缶ジュースを早々に取り出す。そして、

「じゃあ、先に買って出てるね」

と、レジに会計をしに行く。自分も炭酸でいいかなと手を伸ばしかけたとき、「陽子ちゃんもこの炭酸好きねー」と、楽しそうに陽子に話しかける店のおばさんの声が聞こえてくる。私は思わず伸ばした手を引っ込める。

「陽子ちゃんも、か……」

 誰にも聞こえないよう小声でつぶやき、脳裏のうりには同じ炭酸飲料の好きな幼馴染の姿がよぎる。


 なんとなく選ぶものがなく、今日は何も買わなくてもいいかなと思えてきた。店から出るために歩き出し、レジの前を通りかかると店のおばさんに声を掛けられる。

「梨奈ちゃん、今日はいいの?」

「はい。なんか今日は冷たいもの飲むって気分じゃなくって」

「たしかに最近、少し冷えてきたものね……それじゃあ、暖かいのはどう? 昨日、梨奈ちゃんの好きなレモネード入荷したのよ」

 店のおばさんがレジ横の暖かい飲み物の入ったショーケースの方を指差しながら言う。そこにはコーヒーやお茶に混じり、ホットレモネードが並んでいた。

「じゃあ、それにしようかな」

 少し熱いくらいに温まったレモネードの入ったペットボトルを取り出し、会計をませる。


 店から出ると、炭酸飲料に口をつけている陽子がいて――陽子の方に一歩踏み出すと、建物の間から沈みかけの太陽の強い光のすじが目に入る。思わず手に持ったレモネードの入ったペットボトルを目の前にかざした。

 ペットボトルに入ったレモネード越しに見える夕焼けの色は変わらず、その中でいびつれ動く世界に私は心を重ね――手にした暖かさだけに身をゆだねる。




 友人の恋を応援することも、自分の恋に盲目もうもくになることもできない私は立ち止まる――。

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