第16話 ロクでもない大人達

「確かに余は、汝らにダンジョン攻略を許可した。しかしダンジョンを破壊する権限までは与えていなかったと思うのだがな」


 はい。


「いまさら言うまでもないが、この世界に遍く存在する全てのダンジョンは一つの例外もなく、それぞれの国家に管理されておる重要な国家機密であり公共建築物じゃ。それを破壊するということが何を意味するか分かっておろうな?」


 わかっております。


「流石は我がギルド随一の問題児コンビ、そのうち何かやらかすとは思っていたがまさかここまで盛大にぶちかましてくれるとはな。陛下、全ては私の教育の至らぬ故。ギルドの長として深くお詫び申し上げます」


 誠に申し訳ございませんでした。


 ダンジョンの地下二階フロアをまるごと炎上させたあと、そのまま地下三階へと降りようとするリミの首根っこを掴んで俺達はすぐさま王宮へ取って返し、事の経緯を報告すべく謁見の間へ出頭した。その結果、流石に表情を引きつらせたバルディール公、呆れ顔のラーシャ、一報を受け駆けつけてきたザッパ団長に囲まれて、俺とリミが正座でお説教される流れになったという訳だ。……いや俺は悪くない気がするんだけど、それを言い出せる雰囲気ではなかった。


「とは言うものの、一応ダンジョンそのものには損壊は無し。崩落もなく巻き込まれた冒険者などもいなかったということであるし、今回だけは大目に見よう。この通り、見合うだけの成果も挙げてきたわけだしの。一度は敗走したルーキーがこれほどの挽回を見せた例は、この地を長く治めてきた余にもちと思い当たらぬ」


 言いながら、公は白く輝く水晶球を掲げてみせる。封魂玉ほうこんぎょくと呼ばれるその球にはダンジョンで倒したレッサーの魂を自動的に回収する機能があり、全ての冒険者パーティに一つずつ貸与されるものらしい。いつの間にか預かっていたラーシャが何も教えてくれなかったので、俺も知ったのはついさっきだが。


「へへー、ですよねー♪いや不安がなかったといえばウソなんですけど、それ以上に自分の才能に自信があったっていうか、まさかここまで目論見通りに行くとはやっぱりワタシ天才なんだなって改めてンニャアアアアアア出ちゃう出ちゃうリミリディアちゃんの天賦の才が耳から飛び出ちゃううううう!!」

「調子に乗るなこのオオタワケ共が……!」

「アイダダダダいやだからなんで俺までぇぇぇ!?」

「連帯責任じゃ。これに懲りたらきちんとそのじゃじゃ馬の手綱を握っておれ」


 ザッパ団長必殺のお仕置きアイアンクロー。身長2m近い人狼ワーウルフの怪力によって、宙吊りで締め付けられるその威力に抗える団員は誰もいないのであった。



「まあ、あの術は論外としても、主らにダンジョン攻略の気概とそれなりの実力が備わっていることはよう判った。次回からは10人規模のパーティを組んで地下3階へ挑むことにしようかの」


 王宮を辞し、ギルドに戻って来はしたものの未だに痛むコメカミをさすり、涙目でテーブルに突っ伏す俺とリミを見下ろしてラーシャが言う。


「ああ、そういえばそんな話だったっけ?すっかり忘れてたわ」

「けどようラーシャ、この街でのゴールド以上の冒険者は皆もうパーティ組んでるんだろ?ここから6人近くを補充するなんて出来るのか」


 ダンジョン攻略は10人以上でパーティを組んで攻略するのが常識、それで一定以上の力量を認められたゴールドの冒険者は必然数も限られるとくれば、フリーの奴なんてほとんどいないはずだ。


「……お前達は、ギルドというものが一体何のためにあると思ってるんだ?」


 呆れたような口ぶりのザッパ団長。ええと、それはつまり。


「団長のパーティに俺達を入れてくれるってことですか?」

「色々と不安要素はあるが、まあこの際だ。ちょうど人手が欲しかった所だしな」

「人手?パーティに欠員でも出たんですか」

「いや、そういう訳ではないが少しばかり問題がな……」


 珍しく口を濁らせる団長。寡黙ながらも即断即決、その思考と行動の速さから『迅雷のザッパ』と呼ばれるこの人が言い淀む所なんて初めて見た。釣られて全員が黙ってしまい、重い空気が場に立ち込めたが――


「おぅおぅ話は聞いたぜヒヨッコども!ようやくオシメが取れたんだってなぁ!?」


 それを打ち消すかのようにしゃがれた銅鑼声が、無遠慮な足音と共に割って入ってきた。


「げっ……」


 装甲牛フルメタル・タウルスのブラスを筆頭とした、我らがギルド、ディープフォレスト・ウルブズ第一パーティの面々である。

 

「おめえら地下二階で早速やらかしたってなあ?まあ大抵のヤツはあそこで一回は躓くんだけどよ。漏らしてベソかいて田舎に帰らなかっただけ上等じゃねえか、グハハハハハ!」


 でかい。そしてうるさい。身長3m近いガタイが荒らくれ丸出しの大声で怒鳴るもんだから殆どサイレンだ。本人曰くミノタウロスと巨鬼オーガの混血ということだが、『亜人種』が普通のこの世界でもこの大きさは珍しい。


「よく言うぜ、初陣でに集られて恐慌起こしたのはどこのどいつだよ。あの時はこっちまで肝が冷えたぜ」


 横から茶化すのは鳥人バードマンのアスター。全体的にシャープな印象の優男で、身の丈は俺よりちょい低い160~170cm程。ブラスと並ぶと完全に凸凹である。


「う、うっせぇうっせぇバーカバーカ!ビビりすぎて初陣で手柄首0だったくせによ!そのもったいぶった二刀は飾りかキザ鳥!」

「は?何だ貴様やるのか」

「あ?ジョートーだよ。ちょうど今夜のツマミは焼き鳥だと思ってたところだぜ」

「ほざけ、牛肉おろしポン酢が!」

「何ちょっとあっさりめに食おうとしてんだオラー!」


 とまあ、こんな具合に中身も凸凹デコボコで、事あるごとに喧嘩を始める。

しかし不思議と息は合うらしく、喧嘩しながらも大体コンビで活動している。そんなところも凸凹おうとつである。


「やあやあやあ大変だったねえマキアくんにリミちゃん。よくあそこから生きて帰ってきたもんだよそれだけで大したもんさボカぁうれしいよ、話を団長から聞いた時はそりゃもう不安で不安で飲まずにはいられなくてグビグビグビグビ」


 ド突き合う二人の横からひょっこり出てきて酒をかっくらい始めたのは、ホビットの祈祷師シャーマンポロンポさん。ご覧の通り常に酒を飲み酔っ払っている。「酩酊こそが最も精霊との交感を高めてくれるんだよだからこれは僕の義務なんだよぅ」とは本人の弁だが絶対に嘘だ。何故なら術を行使してる時だけ素面しらふに戻るからだ。あまりの飲酒癖につい「死んだりしないんですか?」と聞いてしまったことがあるのだが、「酒はね。命なんだよマキアくん」という回答が返ってきた。

真顔だった。以来何も言わないことにしている。


「良いじゃない別にちょっと死にかけたくらい、ガッツリ儲けたんだから。聞いたわよ、貴方達二人で初陣の討伐記録更新ですって?羨ましいわぁ、私は職業クラス柄、そこまで数が稼げないのよねえ。まあ仕事サポートをきっちり評価してくれる団長に恵まれてますのでお給金に不満はないのですけど、たまには一発ボーナスでも欲しいわあ」


 そう言いながら団長にしなだれかかるのはホーリーエルフの僧侶シャルダンさん。かつては敬虔な修道女シスターだったらしいのだが、教会が経営難に陥った時に気の迷いで手を出した博打が大当たり。なんとか教会は持ち直したが罪の意識は拭えず「私はなんと罪深いことを神よお許しを」と悔恨を胸に日々のお勤めに励んでいたのだが、行使する癒やしの聖魔法に全く衰えがないことに気付き「神様は博打がお好きなのだ」という悟りを独自に開眼。堰を切ったように博打にのめり込み当然の如く破門。しかしそれでも聖魔法に影響がなかったので「間違っているのはあいつらだ」と完全に開き直る。今では命を張った最高の博打であるダンジョン探索にのめり込む生粋のギャンブル狂である。もはや聖典の一節もろくに思い出せないらしい。それでも癒やしの聖魔法に問題がないどころか、バルディールにおける最高の癒し手の地位を不動の物にしているため、元々バルディールに赴任していた神父さんはストレスで死にかけている。シャルダンさんを聖職者と思ってる人、この街に一人もいないんだけどな。


 以上四名がディープフォレスト・ウルブズ第一パーティの主軸であり、この他にも数人いる猛者達を統率するのが、そこで天井を見上げてなにかをこらえるようにしているザッパ団長である。お可哀そうに。


「確かそっちは4人だったな?他の面子はちと別件で出払っていて、今動かせるのは俺を含めたこの5人だけだ。合流すれば丁度良かろう」

「良いんですか、合計で9人ですけど」


 ようやく痛みが収まったのか、リミが顔を上げながら尋ねる。


「まあ、この面子であれば問題なかろう。数は足らずとも質は足りている」

 

 その言葉に、少し嬉しくなる。リミも同じだったのか、二人同じタイミングで目が合って、二人一緒に笑ってしまう。


「……気を抜くなよ、新人ルーキー。足手まといと判断すれば即座に引き返して叩き出す。その後は芯から鍛え直してやるからな」


 即座に締められてしまう。

 そして、つくづく思うのだ。

 俺はこっちに来てからというもの、本当に人に恵まれていると。


 そう、前の世界とは違って。



 

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