日日

浮遊

満員電車

通っていた中学校へ行くには電車を使わなければならなかった。近くの中学校だと治安が悪いから、という理由で。

小学生の頃はバスを使っていたから時間的には苦ではなかったが、満員電車は精神的に苦であった。

黒く染まった人らの列に並び、電車が来るのを待つ。二、三本電車を見逃すと列の先頭に躍り出ることができる。ここからが勝負。扉のすぐ横のスペースを奪取したい。座る以外では、一番楽な位置。ここに来れば人の波に流されず、壁に寄りかかれるというオススメスポット。アナウンスが電車の到着を知らせるのと同時に鞄を手に持ち戦闘体制に入る。

電車の先頭が勢いよく僕の目の前を通過し、だんだんその勢いを落とした。完全に勢いを失うと、ホームにいた敵が一斉に電車に近寄る。

電車の中を見てみる。僕の目の前のスペースに誰もいない。よし、これはチャンスだ。いける。

扉が開き僕はそのスペースへ体を押し込んた。今日はツイてる。

周りの人に迷惑をかけないよう、手に持っていた鞄を足の間に挟んだ。しかし、その鞄は足の間に挟んでも、少し出してしまう。どうするか悩んだが、そのままで置いておくことにした。

頬に熱を感じ顔を上げた。窓の外を眺めると雲一つない青空が広がっていた。晴天だ。なんて良い日なんだ。昨日振った雨が嘘のようだ。

目の前に立っている四十代くらいの男性も窓の外を見て微笑んでいた。

なぜか少し嬉しくなった。

電車に揺られること数分。次の駅に着いた。その駅は少し大きな駅で人の乗り降りが激しい。それを知っていた僕は足から少し飛び出た鞄を足で出来るだけ手前に押し込んだ。まだ少し飛び出ているが別に大丈夫だろうと思った。

が、その考えがいけなかった。

その日は、降りる人がいつも以上に多かったのか、扉が開くのと同時に扉の近くの人が勢いよく押し出された。先ほど窓の外を微笑みながら眺めていた男性は、その余波を避けるため扉の外に出ようとした。そして運の悪いことに僕の鞄につまづいた。

男性は、倒れるものか!と「けんけんぱ」の如く、片足で何歩か前進し、体制を持ち直そうとした。努力虚しく、倒れた。

もちろん、その場にいた人全員がその男性に注目した。男性はすかさず起き上がり、ものすごく顔を赤くしていた。青空を眺めていたあの微笑みはどこかへ消え、恥ずかしさと怒りの混ざった表情をしながら、こちらに向いて叫んだ。

「誰だ!俺の足を引っ掛けたのは!」

電車の中にいた面々を1人1人を疑いの目で見た。

このような状況で「僕です!ごめんなさい」と、言えるはずもない。バレないでくれ、バレないでくれ、とただ祈った。


転ばせたのが僕だと気づかれる前に扉が閉まり、声を荒げ犯人を探してる男性の遠ざかっていく姿をただ、見ていた。

僕の心の中には嵐が訪れた。

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