エピローグ(5)


 マイクの前に立つと、それでも古都田はにっこり笑みを浮かべた。恵美がすぐ横に控えている。


「KCJヒューマン社員の諸君」


 意識的にそうしているのかもしれないが、声には社長らしい張りがあった。


「わが社は今回、内部留保のエネルギーを使い果たしました。これから各事業部のワーズ達にエネルギーを注いで元気を取り戻してもらう必要があります。そのために大いに職務に励んでいただきたい。特に!」


――おお、社長室での古都田社長と同じ語り口だ。


 間髪入れず緊張感を醸し出す古都田節は健在だと万三郎は思った。


「業績回復のため、今後はより多くのクライアントにことだまを使ってもらわなければならん。そこで営業部を強化することにした。斎藤くん」


 口調が古都田社長らしく偉そうになってきた。万三郎は嬉しく思う。


「はい」


 古都田社長に近い席から、細身の男が立ち上がって皆の方を向いた。


「斎藤圭太と申します。私は第一営業課長として、主力商品『KCJお得意様強制パック・ゴールド』の普及に努めていましたが、このたび現場オペレーションを部下の皆さんに任せ、私は、クライアント候補の適性を調査・提案する、営業調査部の部長として本社に召還されることになりました。


「いよっ! 斎藤部長! あんたが大将!」


 部下たちであろう男女が拍手とともに冷やかす。会場はちょっとした笑いで和んだ。


 斎藤は挑戦的なまなざしになって、座敷の一角に汗をぬぐいながら座っているメタボな男を見ながら言った。


「そこにいる、同期の今神前部長より、いい仕事をやってのける所存です。特に、フラッフィーがサーバーと交信している時に流れるイヤー・ワームの曲目を、最近クライアントが口ずさんだ鼻歌に随時差し替えるつもりです。そうすることで、クライアント個人の妄想も含めた全ての思考情報を、違和感を抱かれることなく盗み出す……いや、吸い上げる新システムの普及にまい進する所存ですので、古都田社長、どうぞご期待ください」


 斎藤は古都田に向き直って一礼する。ともかくも会場から温かい拍手が贈られた。


 古都田はマイク越しに言う。


「特に君に期待をしておるわけではない。今神くんはこれから、役員のみなさんに向けて、一連のできごとを詳細なレポートにまとめなければならん。多忙で営業調査部長を兼務できなくなるため、仕方のない人事だ。そして、斎藤くんの昇進を進言したのは今神くんだ。斎藤くん、今神くんに感謝したまえ」


「は……?」


 席に着いたまま呆気にとられる斎藤。場が一気に凍りつく。古都田社長は彼と部下たちを見下ろすような目つきで付け加えた。


「そして、大将は君ではない。私だ」

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