第二十一章 祈り(6)


 辺りの空間全体が、ぐにゃりとゆがむ。自分の足で立っていた雉島が吹き飛んだ。彼が放射していた念波のエリアも一瞬で消滅した。打ち破られたばかりの恵美の念波のエネルギーも雲散霧消した。そして、恵美も、ちづるも、杏児も、古都田も、新渡戸も、スローモーションのように吹き飛んだ。


 皆が吹き飛ばされた方向と反対側に、万三郎とユキが立っていた。二人は、さっき杏児がちづると一緒に念波放射した時と同じ、並んで片手の手のひらを立てて真っ直ぐ前へ伸ばしたポーズを取ったまま、そのパワーの大きさに自ら慄然としていた。


「これが、杏児が言ってた、ユキを救った時の感覚か……」


「どうしよう万三郎、みんな吹っ飛んじゃったよ……」


 二人はステージの上を駆けて、ステージ下のずっと向こう側へ吹き飛ばされた人たちの方へ駆け寄った。周りにいた【hope】たちが巻き添えを喰って倒れ、それを他の【hope】たちが遠巻きに見守っていた。


 吹き飛ばされた者は皆、何が起こったのかにわかに理解できず、立ち上がろうともしていない。


「杏児、大丈夫か?」


 とりあえず上半身を起こしてこちらを向いた杏児に、万三郎は声をかける。


「万三郎、今の、お前か?」


「ユキと力を合わせた。ごめん、こんなにパワーがあるとは……」


 杏児はそれを聞いて立ち上がった。


「そうか、やっぱりお前はすごいな。ちづる、大丈夫か?」


 ちづるも、恵美も、古都田も起き上がろうとし始めた。とりあえず四人は無事のようだ。


 新渡戸は、近くに転倒したまま、慌てて棒を探したが、見つからず、しかたなく手ぶらで立ち上がる。【hope】たちの輪が広がる。


【hope】たちの合い間から古都田が厳しい表情で、その新渡戸の挙動を目で追いつつ言った。


「新渡戸くん、分かっているだろう? ことだまワールドで私を殺すことはできない」


 地方の【hope】たちも、さすがにKCJのトップである古都田社長と新渡戸人事部長の顔と名前は知っていたから、そのただならぬ状況を察して、二人の間にいる【hope】たちは、すっと両側に分かれた。


 新渡戸は古都田をまっすぐ見据えて言う。


「古都田さん、あなたの肉体は東京のどこにあるんです? リンガ・ラボにはなかった。石川さんもいない」


「東京に身体を置いて伊勢まで来ているのだ。すぐに戻れない状況で、無防備な場所に肉体を放置しておくほど私は愚かではない」


 その時。


「きゃあ!」


 女の叫び声が聞こえ、皆は顔をそちらに向けた。叫んだのはステージ上のユキだった。男の腕が後ろからユキの首元に絡められ、同時に手の自由を奪われていた。そして万三郎も、別の男に後ろから羽交い絞めにされていた。さらにもう一人の男がステージに上がって来る。


「雉島さん、どうなってるんすか! スピーカー越しにごちゃごちゃ聞こえるけど一向に指示が来ないんで、心配して来てみればこの騒ぎだ。こいつらETのせいですか」


 赤黒い頬に彫られたトレード・マークの「!」が、かがり火に照らし出されている。


 【bad!】だった。


 そして、ユキを【sinisterシニスター】(不吉)が、万三郎を【evilイーヴル】(邪悪な)が、それぞれ後ろから羽交い絞めにしている。

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