第十九章 前夜(23)

二十三


 四人の乗った軽自動車が、強風にあおられて左右にグラグラと揺れた。


 祖父谷が言う。


「中浜、お前、内村鑑三郎という元内閣府審議官を知っているか」


 万三郎は頷く。


「石川審議官の上司にあたる人で、KCJとリンガ・ラボの生みの親だと、ニューヨークで会った外交官から教えてもらった」


「うむ。あの人からの直々の指示があったということだ。日本のことだまの霊力を引き出すのに最強の布陣が、天皇のおしますみやこ、伊勢、出雲の三ヶ所からの祈りだということだ。お前たち有能な若い救国官が伊勢に行くと自ら願い出たことを大変に喜んでいて、それなら社長は東京で、部長は出雲で、それぞれ伊勢を補佐しなさいと、内村さんから言われたらしい」


「そうか……」


 万三郎は祖父谷の説明を聞きながら、栄養ドリンクを飲み終えた。


「ありがとう。本当のことを言うと、熱のせいでフラフラしていたんだ。これで、戦える体に復活すると思う」


「小賢しい浅知恵が、少しでも役に立ったのなら嬉しいよ」


 空の小瓶を受け取った祖父谷は、全然嬉しそうではなかった。


「中浜。お前たちのこれからの働きに比べれば、俺たちはミドリムシ並みでしかないかも知れんが、少しでも力になりたい。外宮に行くよ」


「そうか。ヨッシー、ありがとう」


 万三郎は微笑んで礼を言ったが、祖父谷はニコリともせずに続ける。


「中浜、高熱が出ているなら、栄養ドリンク一本じゃ気休めにもならんだろうがな。国連演説に続いて一世一代の大舞台だ。むろん、みんながお前を信じて力を結集する。人類も、ワーズたちも。だが……ま……」


 祖父谷は、少しの間、目を逸らした。それから万三郎を再びまっすぐ見て言った。


「ま……万三郎。友よ。死ぬなよ」


 初めて万三郎を下の名前で呼んだヨッシーの、そのぎこちない呼びかけに、万三郎はしっかりと頷いた。


 ヨッシーは運転席で大きな体を窮屈そうに反転させて、再び万三郎とがっしりと握手を交わした。


 ピックアップトラックがパッシングをして、クラクションを長押しした。


「よし、じゃあ行く」


「ああ」

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