第十四章 覚醒(11)
十一
石川が声を荒らげたことで、再び車内がシンと静まった。
「で……でもどうやって……」
それでも杏児が食い下がる。
石川に代わって後部座席から古都田が答えた。
「それが、君たちが救国官を拝命した理由だ。三浦くん、君がこの一か月間、ことだまワールドで経験し、習得した技能を駆使して、全力で世界のリーダーたちを説得するのだ。君が絶望したら、世界が絶望するのだ。そして世界は絶望した通りになる」
それを聞いて今度は万三郎が後ろを振り返って古都田に問うた。
「社長、なぜ、僕らなのでしょうか。英語習得度ということでは、新米の僕らなんかより、社長や新渡戸部長の方がよほど上級だと思いますし、ワーズたちもよりしっかりついてくると思われますが」
古都田は少し目を宙に泳がせた。
「一言で言うと、我々は歳をとりすぎているのだ」
「はあ……?」
「これまでの調査によると、英語の運用能力とは別に、検体が若いというだけで、ことだまにある種の付加的エネルギーを載せることができるようなのだ。研修初日、私はそれを確かめたかった。君たちを説明なしにチンステに送り込んだのは酔狂ではない」
杏児は万三郎の方を向いて顔をしかめて見せる。
「たしかに君たちには英文を構築する知識と技術がまったく不充分だったから、シートレは滅茶苦茶になった。だが、そうなることは承知の上だった。私が見ていたのは君たちの『運用能力』ではなく、若さの『力』だったのだ」
万三郎が怪訝な顔をする。
「若さの、力……」
古都田は説明を続けた。
「ある脳神経科学の権威によれば、一人の人間の知能は二つに分類できるそうだ(1)。一つ目が、暗記力、計算力、思考力、推測力など、新しい状況に適応するための問題解決能力で、『流動性知能』という。二つ目が、学習や経験によって得られた知識や技能に相当する、言語運用能力、総合分析力などで『結晶性知能』という。この結晶性知能は年齢を重ねるほどに伸びていって、五十代でピークを迎えるのに対し、一つ目の『流動性知能』は二十五歳前後をピークとして、その後は衰えていくということだ」
万三郎が口をはさむ。
「では、その一つ目の『流動性知能』と、若さの『力』が関連していると」
「その通り」
一、二秒の沈黙があった。隣りではユキがさっきからうつむいたままだ。車酔いかなと万三郎は気にかけた。
古都田は続ける。
「だが私は、君たちが、本当に充分な若さの『力』を持っているのか、この目で確認したかった。なにしろ我々は、若い君たちに、人類の運命を委ねようと考えていたからな」
万三郎が言葉を継いだ。
「そして僕らは社長を満足させた……」
「ああ。よくぞシートレを滅茶苦茶にしてくれたと感心していた。もし私のような老いぼれが、完璧な英文をオーダーしたとしても、シートレはお行儀よく出発はするだろうが、あの馬力は出ない。エネルギーの弱さは否めないだろう」
「でも、社長、あの時、お顏は怒ってらっしゃいました」
古都田は後ろでニヤリと笑ったようだ。返事のトーンでそれが分かる。
「怒っていたのではない。暴れ馬を調教して良馬に仕上げるには覚悟が要ろう? 間に合うのか、いや間に合わせなければ……という覚悟がそういう顔にさせたのだ。それに、ヒューマン社員達やワーズ達が大混乱に陥っているのを見て社長である私が笑顔を見せられるわけがないだろう?」
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