第十三章 選別(4)
四
KCJ・トーキョー・ローンチング・ステーションとその周辺空域には、今日もひっきりなしにシークウェンス・トレインが飛び交っている。見慣れた車両編成のシートレがホームに入線しては、待機しているワーズたちが次々に乗り込み、クラフトマンがチェッカー・フラッグを進行方向に向けてバサリと掲げると同時に、急発進して飛び立っていくのだった。
ETたちが集まったホームだけが、まだ車両もワーズたちもおらず、落ち着きを残していた。
万三郎は近隣のホームから今飛び立ったばかりのシートレに何気なく目を向け、「あ!」と驚きの声を上げた。杏児がつられてそちらに目をやる。
「おお、川井摘美鈴さんのオーダーじゃないか」
“Bob, you’re not a very good teacher, are you?”(1)
第二文型否定文に、付加疑問車両を連結した、「ダニヒフ三百四十系」の編成だ。付加疑問部分が輝いて見える。万三郎も杏児も、そしてユキもこのクライアントのオーダーを何度か処理してきた経験があった。英語を教える立場であるはずのボブ・タイラーが、クライアント川井摘美鈴を困らせるような小難しい内容のプリントをわざと作ってきて、解けないのをからかっているというのに、当の川井摘美鈴は、解けないのは自分の頭が悪いのだと卑屈になってボブに謝る、その謝罪の英文を、三人とも何度か担当したことがある。
「あなたの教え方が悪いって、どうして言い返さないんだろうね」
たまにティートータラーで彼女の話題になれば、三人はそう言ってもどかしがったものだ。
だが今飛び立って行ったシートレははからずも、ボブの教え方が悪いという内容のものだ。
「へえ、摘美鈴ちゃん、言うじゃない。ついにキレたのね」
ユキも感心してシートレを見上げた。
「次の彼女のオーダー、何て来るのか楽しみだね」
万三郎がそう言ってにこやかに杏児とユキを振り返ったその直後に、その向こうから渋みの効いたバリトンの声が発せられた。
「のるかそるかの真剣勝負を前にしてその笑顔とは、なかなか見上げた度胸だな、中浜くん」
杏児とユキが驚いて振り返ったすぐ後ろに、古都田社長が部下たちを引き連れて立っていた。従えているのは、新渡戸部長、江戸ワード・スミス駅長、楠信太セクション・マネージャー、百十七番線、百十八番線専属クラフトマンの島田、斗南の両名、そして今神秘書室長だった。誰一人として笑っていない。
古都田は例の、まばたきをしない眼力をもって万三郎をまっすぐに見据えた。
「しかし、君ごときの実力で、今ここで笑っているのは、はなはだ場違いのような気がしているのだが、中浜くん、私が間違っているかね」
いつかの毒々しい毒エネルギーがまっすぐな視線を伝って万三郎に注ぎ込まれ始める。
――なんてこったい、ホーリー……
「ただいまより、修了試験を開始する!」
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